第194話 おじさん魔物のことを聞く


 おじさんが村の防衛力をあげて、野営地へと戻ってくる。

 その頃にはなぜかヨアンニスの顔が引き攣っていた。


「ゴトハルト、設営は終わりましたか?」


「滞りなく」


 ひときわ大きな天幕が張られた場所へ移動する。

 おじさんが上座に座ると、侍女が素早くお茶を淹れてくれた。

 それに口をつけながら、おじさんが言う。

 

「ではヨアンニス、お願いしますね」


“ハっ”と答えた後に壮年の騎士が口を開いた。


「今回、応援を要請したのはコボルト繁殖の兆候がみられたからであります」


 コボルト。

 犬の頭に人の身体を持つ魔物である。

 身体はそこまで大きくない。

 だが噛みつきと、ひっかきによる攻撃をしてくる。

 

「規模はどの程度と想定していますの?」


「まだ特定はできておりませんが、集落ができているものと思われます」


「それではヨアンニスと、自警団だけでは持たんな」


 ゴトハルトの言葉におじさんも頷く。


「ゴトハルト、騎士たちで殲滅は可能ですか?」


「集落の規模にもよりますが、恐らくは可能かと思われます」


“わかりました”とおじさんは魔法を発動する。

 いつも小鳥の式神を召喚したのだ。


「コボルトの集落の特定はわたくしが担当しましょう」


 と小鳥が二羽、天幕を抜けて飛んでいく。

 今回、おじさんは戦闘にできるだけ加わらない。

 そのように隊長であるゴトハルトからお願いされたのだ。

 

 おじさんが戦闘をしてしまえば、一瞬で終わってしまう。

 それはあの豚鬼人オークとの戦いでも明らかだ。


 禁呪クラスの魔法を平然とぶっ放すお嬢様がいるのは心強い。

 なにか不測の事態があって、騎士が総崩れするようなことは考えにくいからだ。

 

 だからと言って、おじさんの魔法に頼ってしまうのもよくない。

 騎士たちとてできるだけ実戦をしておきたいのだ。

 

 そこでおじさんは隊長の言を承諾し、サポート役に徹することにした。

 決して温泉の方に気をとられていたわけではない。

 

「明朝、場所を特定した後に作戦を立てますわよ。ヨアンニス、村の方で食料など物資が不足していませんか?」


「まだ不足というほどではありませんが、森の奥へと入れないため食肉が滞っております」


「ゴトハルト、十分な量を村に提供してくださいな。騎士たちの分はわたくしから補填いたします」


「かしこまりました」


 おじさんは満足といった顔で頷く。

 

「では、わたくしは宿泊施設にいますので、なにかあれば報せてくださいな」

 

 立ち上がったおじさんは、腰のポーチから宝珠をひとつ取りだす。

 それを隊長に渡して、天幕を後にしたのであった。

 

「小隊長、いやもう護衛騎士隊長でしたな」


「久しぶりだな、ヨアンニス」


 お互いに顔を見合わせて頷く。

 

「あの御方はいったい……」


 青髪の壮年の騎士が口を開く。

 

「あの御方はいずれ歴史に名を残す、必ずな」


「それはまぁそうなのでしょうね」


「お気遣いくださる御方ではあるが、ついていくのは大変だぞ」


 冗談めかして笑う隊長である。

 しかし、青髪の壮年の騎士は顔をしかめていた。

 

「笑えないか?」


「正直に言えば、そうです」


「では、いい胃薬をやろう。ついてこい」

 

 かつての部下と旧交を温める隊長であった。

 

 ログハウスの中で、まったりとするおじさんである。

 おじさんの横には使い魔であるトリスメギストスが浮いていた。

 小鳥の制御をお願いしたのだ。

 

 で、おじさんはといえば紙の上に、村周辺の地図を書いていた。


「はーあ、びばのんの、ですわー」


 おじさんの中では温泉宿を作ることは規定路線であった。

 そのため調査もトリスメギストスにしてもらっている。

 

『主よ、大丈夫だ。危険な成分は含まれていない』


「そうですか。では、大規模に開発とまいりましょうか」


 温泉の湧いている場所は、村から徒歩で二十分ほどの場所だ。

 整地して歩きやすくすれば、もう少し時間を短縮できるだろう。

 温泉の中には硫化水素などの有毒なガスが噴出することがある。

 

 あのタマゴの腐ったような臭いと言われるものだ。

 

 それがないとわかれば、もう後は開発するだけである。

 おじさん的には温泉宿を作りたい。

 領都からもほど近い場所にあるので、いい保養地になるだろう。

 

『少しばかり酸に傾いておるが、入浴する分には問題ない』


「ほう。酸性泉ということですか。美人の湯ですわね」


「……美人の湯」


 おじさんの言葉に侍女が反応してしまう。

“はい”とばかりに手をあげてしまう侍女である。


「どうかしましたか?」


「お嬢様! 美人の湯とはどんな効果があるのでしょうか」


“そうですわね”とおじさんは記憶を引っぱりだしてくる。


「肌の表面部分を溶かすような効果がありますわね。ですので色を白くしたり、肌のきめが細かくなったりしますわ」


「はう! 私たちも入浴できるのでしょうか?」


「そのようにするつもりですわ」


「女神様っ!」


 その場にいた侍女たちが全員ハイタッチをしている。

 おじさんはその様子を見て、大げさなと思うのであった。

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