第185話 おじさん祖母と禁断の果実にふれる


 ハリエット=エクアルヤ・カラセベド=クェワ。

 肩書きは元王女にして、元王宮魔導師筆頭。

 その地位には実力でついたという猛者である。


 つまり、おじさんの祖母もまた魔法バカなのだ。

 そんな祖母が新種とも言える魔法生物を見て、ときめかないはずがないのである。

 半ば引きずられるようにして、おじさんは祖母の研究室に拉致された。

 

「さぁリー、素材は十分に集めておいたよ」

 

 恐らくは公爵家の御用商人に無理を言ったのだろう。

 朝に資料を渡して、その夜にはこれである。

 山と積まれた素材を見て、おじさんのやる気にも火がついてしまった。

 

「お祖母様! 好きなだけ作っていいのですか!」


「もちろんさ!」


 おじさんは嬉しすぎて、“さすがですわ!”と言いながらその場でクルクルと回ってしまう。

 

「やるよ、リー!」


「はい! お祖母様っ!」


 こうして魔法バカたちはつい我を忘れてしまうのである。

 まさに“混ぜるなキケン”の二人であった。

 

「……おかしいですわね」


 そう。

 おじさんたちは作ってしまった。

 なんだかわからないものを。

 

 まずはシンシャと同じく、黒銀のスライムを作ろうとしたのだ。

 だが二人の前にあるのは、黒より黒い沼のようなものである。

 

「リー、失敗したのかい?」


「いえ、手応えはありましたわ」


「ううん、だがこれは処分した方がいいかもしれな……」


 祖母は最後まで言葉を発せなかった。

 なぜなら黒より黒い沼が、ボコボコと泡だったからである。

 そしてなにやら石板のようなものがでてきた。

 

 石板には絵のような文字のようなものが刻まれている。

 おじさんにもその意味を読み解くことはできなかった。

 

 こういうときは頼れる使い魔の出番だ。

 

「トリちゃん!」


 万象ノ文殿たる叡智の結晶がトリスメギストスである。

 

『主よ、なにご……ぬおう!』


 トリスメギストスを召喚したことに祖母が目を大きくさせた。

 そう言えば、とおじさんは思った。

 祖母にも報告はされているが、目の前で召喚するのは初めてだと。

 

『あ、あるじよ、な、なにをし……』


 そのときであった。

 トリスメギストスの宝玉がペカーと光る。

 そして神威の波動があふれた。

 

『その石板に書かれているのは世界が創造される以前の叡智。そなたたちには不要の物である』


 トリスメギストスに神が憑依しているのだろう。

 その言葉が終わると同時に、時間が巻き戻されるように黒い沼が素材へと戻っていく。

 

『愛し子よ、そなたの力はそなたが考えるよりも遙かに大きい。より深く知識を求めよ。研鑽し超克せよ。我らはいつでもそなたを……』


“ざざざ”と雑音のようなものが聞こえた。

 同時に神威の波動が霧散していく。

 

『むぅ。主よ、わかっておると思うが、もっと我を使え。主の力はひとつまちがえば大変なことになるのだ。その自覚を持ってほしい。まぁ我とて教えられんこともあるがな』


「承知しましたわ、トリちゃん。ではシンシャの作り方を教えてくださいな」


『うむ。我もよくわからん!』


「前言撤回ですわ、トリちゃん」


 マッハで突っこむおじさんである。

 そこに祖母の明るい笑い声が響く。

 

「リー、その子は使い魔かい?」


「そうですわ、トリちゃんと言いますの」


『祖母君とは初めてであるな。我はトリスメギストス。以後、よしなに頼む』


“こちらこそ”と祖母が返答した後に、おじさんは頬を膨らませて言う。


「ポンコツのトリちゃんですわ!」


『な!? 主、ポンコツなどと人聞きの悪い! 撤回してもらおうか』


「だってトリちゃん、答えられないじゃありませんか」


 おじさん、ちょっとスねていたのだ。


『ぐぬぬ。よし、主よ。そこまで言うのなら、我が禁断の……ぎゃあああ!』


 トリスメギストスの周囲に神威の光がキラキラと光る。

 なにを言おうとしたのか。

 なんとなく想像できてしまったおじさんである。


 プスプスと煙を立てる総革張りの本を前にして、おじさんは言った。


「仕方ありませんわね。お祖母様、もう一度試してみましょう。手順はまちがっていなかったのです。先ほどは魔力をこめすぎたのかもしれませんわ」


「り、リー?」


「どうかいたしましたか?」


「さっきのもそうだけど神の力なんだよね? アレって」


 おじさんは祖母が何を言いたいのかわからず、首をこてんと横に倒す。

 

「そうですが……なにか?」


 おじさんは転生前に女神様に会っているのだ。

 だから神の力云々と言われても、そこまで気にしていない。


 一方で祖母はと言えば、神が実在する世界の住人である。

 だが神との関係は近しいものではない。

 

 神威の光やら波動やらを感じとることはできる。

 が、そこにあるのは畏敬の念なのだ。

 

『祖母君。だと納得されよ。察してもらえると助かる』


「ふふ……そうかい。このことを知っている者はいるのかい?」


『いや我が知る限りでは祖母君だけだ。ただ……うっすらと勘づいている者はいるはずだ』


「なるほどね。リー」


 祖母がおじさんの名を呼んで、ぎゅうと抱きしめる。

 

「私の言った言葉を忘れるんじゃないよ。なにがあっても私たちはリーの味方さね」


 どの神が降臨し、言葉を賜ったのか。

 それはわからない。

 だが祖母は気になっていたのだ。


 ――愛し子。

 

 そして。

 

 ――より深く知識を求めよ。研鑽し、超克せよ。

 

 徒人ただびとにかける言葉ではない。

 神の祝福はときに呪いにもなる。

 それはこの世界における常識だ。

 

 だから。

 祖母は思ったのだ。

 

 愛しい孫を絶対に一人にはさせない、と。

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