第184話 おじさん一騒動起こしてしまう


 弟妹たちを牧場へと迎えに行く。

 牧場をでると見知らぬ施設ができあがっていることに驚きを隠せない弟妹たちである。

 しかし偉大な姉の仕業であるとわかると、それで納得してしまう。

 よく訓練されている弟妹たちなのだ。

 

 騎士たちを連れて帰ろうとしたのだが、ひとつ問題があった。

 それは白馬がおじさんから離れたがらないことである。

 おじさんが言っても聞き分けないのだ。

 

「仕方ありませんわね。エポナはうちの子なので本邸につれていきますわ」


 おじさん馬車には乗らず、そのまま白馬に騎乗して帰ることになったのである。


 公爵家領都の門を騎乗したまま潜る。

 すると衆目が自然とおじさんと白馬に集まった。

 なにせ超絶美少女と珍しい黄金のたてがみを持つ白馬の取り合わせである。

 

 その姿は神々しいと形容してもおかしくなかった。

 

 注目するなという方が無理な注文だ。

 しかも超絶美少女が領主の娘という話でもある。

 一気に話が広がっていき、大通りには人がこれでもかというほど集まった。

 

 おじさんの姿を見た人々は声を失うほど見惚れてしまう。

 やがてその感情は歓喜へと変わる。

 

「近づくな! 危険だから道をあけろ!」


 騎士たちが叫ぶが、その声は届かない。

 なぜなら皆が口々に、超絶美少女おじさんを称えるからだ。

 

 注目の的になっているおじさんはと言うと、表情をこわばらせる一歩手前であった。

 なにせ中の人は小市民なのだ。

 学園にかようようになって、ある程度は注目されることにもなれた。

 

 しかし今回は規模がちがう。

 領都にどれだけの人が住んでいるのかは知らない。

 ただ少なくとも数百人以上は集まっているのだ。

 

 しかも人はどんどん増えていく。

 熱気が、視線が、多くなれば圧になると初めて知ったおじさんであった。

 

 今やおじさんと騎士、そして馬車を群衆が取り囲んでいる。

 これでは公爵家邸に帰りつくこともできない。

 

 だから、おじさんは息を大きく吸ってお腹に力をこめた。

 と同時に指をスナップさせて、空にむかって火球を打ち上げる。

 派手な音を立てて爆発し、閃光が領都の空に広がった。

 

 花火である。 

 その瞬間、人々の声が途絶えた。

 

「皆様、わたくしはリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ。ご存じのように、カラセベド公爵家の長女ですわ! 後日、皆様の前で挨拶をすると約束をします! ですので今日のところはお引き上げくださいな」


 おじさんの言葉に、領都の人々は何を思ったのか。

 それは当の本人おじさんにはわからない。

 が、“うおぉぉおお”と盛り上がった後に、人の波が少しずつ引いていく。

 

“お前ら迷惑かけるんじゃねえ”

“女神様が御降臨なされたのよ!”

“どけ! 道をあけろ! オレのお嬢様が困ってるだろうが”

“オレのお嬢様ってなんだ、ぶちころがすぞ!”

“リー様! ステキいいいいい!”


 様々な声を聞きつつ、おじさんは言葉を付け加える。


「怪我をしないように、ゆっくりと移動するのですよ」


 主に男性の野太い声で“はああい”と返事があった。


「お嬢様、申し訳ありません」


 先ほどの年長の騎士が声をかけてくる。

 

「かまいません。それよりここまで人が集まるとは思ってもみませんでしたわ」


 おじさんの言葉に、年長の騎士は頷いてみせた。

 だが内心では大きく息を吐いていたのだ。

“お嬢様は御自覚がないのか”と。


「……そんなことがありましたのよ」


 と公爵家邸のサロンにて、おじさんは祖母に話していた。

 おじさんの話を聞いて、祖母は大笑いである。

 

「そりゃあ、リーが悪いね。リーのお披露目か、ちょうどいい場所があるじゃないか」


「競馬場のことですの?」


「明日、時間を作って皆で視察に行こうかね。ソニアも退屈しないですむだろうしね」


「そうですわね」


 そこで再び、祖母が“ふふ”と笑う。

 

「しかしリーが女神様かい。領民たちもちゃんと見ているじゃないか」


「お祖母様まで!」


「ふふ……だって私にとっては女神様さね。黄金の種をいくつも運んできてくれるんだからね」


「もう! 知りませんわ!」


 ぷんすかするおじさんである。

 不本意だと隠さない。

 そんな姿を見せられるのは、家族だからである。

 

“もう”と言いつつ、クッションで顔を隠してしまう。

 

「……お祖母様、お仕事を増やしてごめんなさい」

 

 少しだけ覗かせながら、ぼそりと呟くおじさんであった。

 

「かまわないよ。リーは好きに動けばいいのさ。前に言ったこと、覚えているかい?」

 

「王都でのことですか?」


「そうさ。リーはそんなことを気にしなくていい。私はそんなに頼りないかい?」


「そんなことありませんわ!」


 対面に座っていた祖母が立ち上がり、おじさんの横に座る。

 そして頭を胸に抱く。

 

「リー、自重なんてしなくていいんだよ。仮にリーが御伽噺にでてくる魔王と呼ばれたってね。私たちはリーの味方なんだから」


「……ありがとうございます」


「よし! じゃあリー、あの魔法生物を作ってみようじゃないか!」


 なんだか良い雰囲気だったのに。

 そんなことを思いつつ、おじさんは祖母にむかって笑みを見せるのであった。

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