第183話 おじさん白馬とともにレースに挑む


 騎士たちとおじさんの乗った馬たちが走りだす。

 最初から速度をあげる先頭集団、その後ろに続く集団とわかれる。


 おじさんは白馬の走りたいように走らせていた。

 その結果が今である。

 トップだ。

 

 速い。

 そして力強い走りであった。

 しかし騎士たちも馬になれている。

 むしろ本職だ。

 

 なので馬のスペック差だけでは、ぶっちぎりというまではいかない。

 おじさんとは技術的な差が大きいのだ。


 だからおじさんは策を練る。

 

「エポナ、そろそろ登りに入りますわ。そこで少しずつ速度を落としてくださいな」


 白馬にむかって話す。


「気づかれないように、少しずつですわよ」


 言葉が理解できるのかなどと疑問に思わない。

 なぜか理解できていると確信していたのだ。

 

 おじさんの言葉に従うように、白馬が登り坂に入ったところで少し速度を落とす。

 後続との距離が縮まる。

 縮まるが、それでも先行して稼いだ分だけおじさんが有利だ。

 

 だが登り坂が終わり、半周を過ぎたところで貯金もつきてしまう。

 おじさんと後続の先頭集団の距離は一馬身から二馬身ほどである。

 

 そのまま三つめのコーナーを曲がり、短めの直線を経て最終コーナーにさしかかる。

 

「もう少しの我慢ですわよ」 


 後方にいた集団も差してきている。

 トップは変わらずおじさんだが、かなり詰められていた。

 残りはほぼ団子状態で追ってくる。

 

 そして最終コーナーを超えて、ラストの直線に入る。

 

「今ですわ! あなたの影は誰にも踏ませませんわよ!」


 おじさんの指示に従って、白馬は速度を上げる。

 およそ半周分、足を貯めていたのだ。

 

 ぐん、と加速していく白馬とおじさん。

 後続から差してくる馬たちもいる。

 が、白馬の最後の加速にはついていけなかった。

 

 本気をだした白馬の走りは圧倒的だったのだ。

 まさに逃げて、差す。

 結局のところ、最後の直線だけで五馬身ほど引き離しての勝利である。

 

「やりましたわ!」


 おじさんは騎乗したまま、白馬の首をなでる。

 白馬もおじさんの方を振り返って、どやという表情だ。

 そこがまた愛らしくて、おじさんはなでる手をとめないのであった。

 

 騎乗したままのおじさんのもとに、騎士たちも集まってきた。

 下馬してから年長の騎士が、おじさんに頭をさげる。

 

「お嬢様には参りました」


「いえ、わたくしが勝てたのはすべてエポナのお陰ですわ。日頃の鍛錬あって、あの走りをなさったあなたたちとは一緒にしてはいけません」


“それに”とおじさんは続ける。


「わたくしとあなたたちでは重さも違いますしね。軽い方が有利になって当然ですわ」


 騎士たちは揃って筋骨隆々とした巨躯である。

 さらには革鎧を装着し、剣まで佩いているのだ。

 軽装のおじさんと一緒にしてはいけない。


 その辺の配慮は忘れないおじさんなのだ。

 ついでに聞いてみる。


「ここで走らせることは鍛錬にもなりますか?」


「我らがふだん行なっている訓練とはまたちがったものになります。ただ速さを競うというのも面白いものだと思います」


「ここは民にも開放しようと考えていますの。競争を見てもらうのが主な目的ですが、馬の品評などにも使えるかと思いますわ」


 おじさんの言葉に年長の騎士が頷く。

 

「面白いですな。私からも団長に話をとおさせていただいてよろしいでしょうか?」


「ええ。願ってもないことですわ。よろしくお願いいたしますわね」


 年長の騎士とおじさんの話が一段落したところで、侍女がおじさんに声をかけた。


「よろしいですか、お嬢様」


「なにかしら?」


「そちらの白馬、エポナちゃんを王都に連れ帰るのですか?」


 王都のタウンハウスにも馬はいる。

 騎士たちが騎乗する用だったり、おじさんたちの馬車用だったりで。

 なので連れ帰っても問題はない。


「そうしようと思っていますわ。お祖母様に許可をもらわないといけませんわね!」


「パイン・ウィンドちゃんのことはどうするのです?」


「ふぇええ」


 侍女の問いに忘れていたとは言えないおじさんである。

 なのでかわいい感じの声をだしてみた。

 

 だが、現状が変わるわけではない。

 パイン・ウィンドは擬似的な魔法生物である。

 そのため白馬のような意思を持っていない。

 

 が、である。

 おじさんは名前までつけてかわいがっていたのだ。

 それを捨てるなんてとんでもない。


「まさか……お忘れになっていたのでしょうか」


「うう……どうにかしますわ! きっと……たぶん……」


 後ろになるほど声が小さくなっていくおじさんであった。

 手が止まってしまったおじさんに、白馬はいなないて続きを催促する。

 

 奇妙な三角関係に頭を悩ませるおじさんだった。

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