第181話 おじさん競馬場を作ろうと思い立つ


 奇妙なほどにお馬さんに懐かれたおじさんは、ホクホクとした顔でいつものテーブルセットをだして、野外でお茶を楽しんでいた。


 弟は騎士たちに乗馬を教わっている。

 すでに王都でも練習をしているので常歩なみあしは問題ないようだ。

 妹とアミラもまた騎士たちに手綱を引いてもらって馬に乗っている。

 

 きゃっきゃとはしゃぐ声を聞きながら、おじさんはゆったりとした時間を過ごす。


 季節は初夏。

 牧草の鮮やかな緑が映える。

 陽射しは少しきついが、まだ夏ほどではない。

 時折、おじさんの髪をなびかせる風が心地よかった。

 

 まったりと侍女たちと話をしながら、馬たちが機嫌よく走っている姿をみる。

 そんな風景を見ていると、不意に思いだしてしまった。

 前世で同僚に連れられて、競馬場に行ったことを。

 

 ギャンブルにはとことん縁のなかったおじさんである。

 ただ間近でサラブレッドが走る姿を見て、美しいと思ったのだ。

 

 そんな記憶を思いだして、おじさんはピコンと閃いてしまう。

“そうだ、競馬場を作ろう”と。


 思い立ったら、すぐに動くのがおじさんである。

 侍女に言って、この牧場の責任者を呼んでもらう。

 

 最初に挨拶こそしたが、いきなり本家のお嬢様に呼びだされたのだ。

 責任者は顔を真っ青にして、手足を震わせている。

 

「ほ、ほんじつはおひ、お日柄もよく! お、お嬢様の」


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわよ」


 にこり、と微笑む超絶美少女のおじさんである。

 一瞬だが、その天上の輝きにも例えられる笑顔に見惚れる責任者であった。

 ただ緊張は余計に増してしまったようだ。

 

「いくつかお聞きしたいことがありますの」


 と、おじさんは確認をとっていく。

 そもそも馬を走らせて競わせる場があるのかといったことからである。

 用地に問題はなさそうだ。

 なにせこの牧場の周囲にはなにもない平原だったのだから。

 

 そういった諸々のことを確認して、おじさんは立ち上がった。

 

「さぁ行きますわよ」


 おじさんが移動しようとしたことを察したのか。

 黄金のたてがみを持つ一頭の白馬がおじさんに駆け寄ってくる。

 先ほど、遠巻きに見ていた馬であった。


 陽の光をうけて、キラキラと輝くような毛並みである。

 優雅にして高貴。

 気品のある白馬がおじさんの前で、乗れといわんばかりに膝をつく。

 

「おりこうさんですわね」


 おじさんが首すじをなでながら、ひらりと乗る。

 

「では行きましょうか」


 颯爽と裸馬を乗りこなすおじさんであった。

 

 侍女と責任者、そして騎士たちは唖然とその姿を見るだけになってしまう。

 それだけ白馬とおじさんの取り合わせは絵になっていたのだ。

 

 否、侍女以外はおじさんたちの姿以上に驚いたことがあった。

 誰にも懐かない孤高の存在である白馬のことだ。

 美しく賢い馬であるのは、牧場に勤務する者なら誰もが知っている。

 そして、誰にも背に乗ることを許さなかったということも。

 

 そんな白馬が自分から乞うように膝をついたのだ。

 驚かないはずがない。

 おじさん、ベッタベタなイベントも起こしていたのである。

 

 とりあえず正気に戻った全員が馬にのっておじさんたちの後を追って、牧場を取り囲む壁の外にでる。

 

「場所はどちらにしましょうか」


 牧場の周辺は空き地であるので、どこに作っても問題はない。

 ただ今後、拡張計画があるのなら考慮しないといけないと考えたのだ。

 

「は、はい! お、お嬢様のお好きなように!」


「牧場を拡張する予定はありますの?」

 

「い、いえ! 現在のところそうした話はでておりません!」


「そうですの」


 と返答しつつ、おじさんは周囲を見渡す。

 十分な土地が確保できそうなのは、牧場を起点として西側であった。

 頭の中で何をどう作っていくのかをイメージしつつ、おじさんは集中するために目を閉じる。

 

 高速で魔力を循環させ、おじさんはトリガーワードを紡ぐ。

 

【土壁】


 ただの草原だった場所から壁がボコンと出現する。

 高さは十メートルほど、幅が二メートルほどの壁だ。

 それがずっと先の方まで続いている。


 競馬場の外周を覆う防壁だ。

 とりあえず防壁を作るのに時間はかけていられない。

 なので、おじさんとしてはサクッとすませてしまったのである。

 

 だが、それも尋常ではないのだ。

 なぜなら――。


「あぃうぇええええええ!」


 責任者が大声をあげた。

 それはおじさんのことをよく知らない騎士たちも同じだ。

 ただ侍女だけは、どや顔でうんうんと頷いている。

 

「このくらいで驚いていたら身が持ちませんよ」


 そっと侍女が責任者と騎士たちにむかって、微笑みながら言う。

 責任者と騎士たちは、その言葉に思わず顔をしかめしまった。

 

「エポナ、いきますわよ!」


 連れの者たちの葛藤など気にせず、しれっと白馬に名前をつけているおじさんである。

 その名前を気に入ったのか、白馬はいなないたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る