第176話 おじさんのいない薔薇乙女十字団の会合


 ちょうどおじさんが港町ハムマケロスに到着した日のことだ。

 その日はおじさんを除く、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの全員が部室に招集されていた。

 

「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 とアルベルタ嬢がいつも席で立ち上がって挨拶をする。

 

「本日の議題なのですが、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの人数を増やすかどうかですわ」


 アルベルタ嬢の言葉に、その場にいた全員が頷いた。

 なぜなら全員が複数の人間に声をかけられていたからだ。

 

薔薇乙女十字団ローゼンクロイツに入団したいのです”と。


「リーなら来る者拒まずなんじゃないの?」


 聖女が先ずは口火を切った

 

「確かにそうなのですが……」


 とアルベルタ嬢が答える。


「でも人数が増えると、お姉さまとの時間が減るのです!」


 パトリーシア嬢の言葉にまたもや頷く令嬢たちである。

 

「とはいえです。皆様も聞かれているのでしょう?」


 学園内において薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの人気はうなぎ登りである。

 なんだったら関係性のある家の上級生から声をかけられることだってあるのだ。

 さすがに断りづらい。

 

 男子禁制としたわけではないが、暗黙の了解的なものがあるのだろう。

 男子生徒から声をかけられたものはいない。

 しかし将来的にはわからないので、詰めておく必要があったのだ。

 

 なにせ薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、おじさん信奉者の集まりである。

 おじさんの意見が何よりも優先される。

 つまり勝手に入団を認めるか否か、最低限のルールを作っておこうという会合だ。

 

 おじさんは恐らく聖女の言うとおりに、来る者拒まずである可能性が高いと、全員が判断していた。

 

 だがパトリーシア嬢の言葉も真理なのだ。

 人数が増えてしまえば、現メンバーとおじさんとの時間が減る。

 それだけはどうしても許容できないのだ。

 

 では、どうすればいいのか。

 侃侃諤諤かんかんがくがくの議論が始まった。

 

 朝から会議は始まり、今や昼食の時間も過ぎている。

 それでも薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、意見をまとめられなかった。

 

 そこでアルベルタ嬢が立ち上がって、パンパンと手を叩いて注目を集める。

 

「皆様、いったんここで休憩といたしましょう。今のままでは議論も平行線ですわ」


 その言葉にお茶の用意を担当する者たちが席を立った。

 

「本日の差し入れはどなたですの?」


 はい、と元気よく手をあげたのは二名である。

 

「私が軽食を、隣のプロセルピナが甘味を用意しておりますわ」


 発言したのはニネット・メイジャー嬢。

 軍務閥の法衣子爵家の令嬢である。

 ローズゴールドの髪をツインテールにした愛らしい見た目だ。

 

 もう一人はキリッとした見た目の武人系女子プロセルピナ・サリアン嬢である。

 艶のあるダークブラウンの長い髪をポニーテールした、いかにも体育会系といった少女だ。

 こちらはペコリと頭を下げていた。

 

「我が家の分家のひとつが市井でパン屋を営んでおりますの。人気のあるパンをいくつか持参しましたのでご賞味くださいませ」


 言い終えると同時にニネット嬢が用意していたバスケットが配られていく。

 そして彼女は隣にいる幼なじみの脇腹を肘でつついた。

 

「わ! 私はッ!」


 緊張からか、プロセルピナ嬢は声のボリュームがバカになっている。


「ちょっと! お待ちくださいませ」


“ほほほ”と笑いつつ、ニネット嬢がプロセルピナ嬢の耳に何事かを囁いた。

 それで落ちつきを取り戻したのだろうか。

 少し頬を赤らめたプロセルピナ嬢が大きく頷いた。


「失礼いたしました! 私が持参したのは我が家に伝わる秘伝の甘味であります!」


「秘伝……ってよろしいのですか?」


 アルベルタ嬢が心配になって確認をとった。

 

「はい。父にも許可はとってありますので問題ありません!」


 まるで上官と部下である。

 もっと楽に話していいと言われているのだが、彼女の性格的になかなかできないようだ。

 

 だされた皿の上には、黄色がかったオレンジ色の不定形の物体が載っていた。

 

「我が家ではエリラミユと呼ばれる甘味であります。馴染みはないでしょうが、味には自信があります! はしたないですが、手でちぎって食べた方がいいかもしれません」


 プロセルピナ嬢が言い終わらないくらいタイミングで聖女が声をあげた。


「なにこれ! めっちゃ美味しいんだけど!」


 とまたちぎって口の中に入れる。

 それは指にもくっつかず、皿にもくっつかずだ。

 さらに口に入れても、くっつかない。

 

 おじさんがこの場にいれば叫んでいただろう。

三不粘さんぷーちゃんですわ!”と。

 おじさん、料理マンガが大好きなのだ。


 本場ですら作れる人が少なく、幻のスイーツなどと呼ばれている。 

 材料はタマゴと砂糖とデンプンにラードのみ。

 製法もさほど複雑ではないのだが、とにかく技術が必要とされるのだ。

 

「これは濃厚なタマゴの風味がたまりませんわね!」


「口当たりがとってもいいのです! ずっと食べられるのです!」


「ニネットのパンも美味しいわ。こちらは市井で販売されているのでしょう?」


「このチーズのパンが美味しいのです!」


「パティ、それよりこっちのお肉が挟んであるのもピリッとして美味しいわよ!」


 などと先ほどの会議よりも白熱した会話が飛び交うのであった。


 王国中の貴族が集まる学園で、各家の領地の特産品など自慢の一品を持ち寄る。

 それは期せずして、薔薇乙女十字団ローゼンクロイツをグルメな会にしていたのだ。

 

 結局のところ、午後の時間も会議に費やしたのだが結論は先送りになる。

 おじさんとの時間をとるか、はたまた人数を増やすか。

 この難問に頭を悩ませる薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの面々であった。

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