第175話 おじさんのいない薔薇乙女十字団では
長期休暇に入ったとは言え、それは学生たちのみである。
学園の門は閉ざされておらず、講師たちは今日も今日とて働くのだ。
世知辛い世の中である。
おじさんが公爵領へ出立したあとも、
もちろん全員ではない。
ただ時間のある者は、できるだけ学園に顔を見せている。
なぜなら訓練場の使用許可が取り放題だからだ。
「アリィ! いくのです!」
パトリーシア嬢が声をかけて魔法を生成する。
その魔法に同じ魔法をあてて相殺するのが目的だ。
おじさんが王太子との戦いで見せた妙技である。
アルベルタ嬢が魔法を生成するが、おじさんのようにはいかない。
魔法の生成から発動までの速度が足りないのだ。
だから間近で相殺することになり、余波を防ぐのにも手間をとられてしまう。
「クッ。まだギリギリですわね」
あの一戦でおじさんに魅せられてしまったのだ。
精度の高い魔法、そして身体強化を用いずとも精強な体術。
アルベルタ嬢だけではない。
そんな二人のやりとりを見て、口をはさむ者がいた。
「あんたたち、わかってないわね」
聖女である。
彼女もまた学園に入り浸っていたのだ。
「いい? リーの魔法の上辺だけ真似したって意味がないのよ」
「どういうことですの?」
「魔法の制御と発動までの速度もそうだけど、そもそも相手の魔法術式を読み取ってるからね。あんな技は一般人ができるものじゃないわけ」
「さすがリーお姉さまなのです! 略してさすリーなのです!」
「それリーの前で言ってあげなさいよ、きっと喜ぶわよ」
「それはダメなのです!」
両腕で大きなバツを作るパトリーシア嬢だ。
「なら、エーリカ。どうすればいいのです。私たちもリー様に追いつかないと」
アルベルタ嬢の表情には焦りが見えた。
確かに彼女たちはおじさんに憧れたのだ。
しかし同時に焦りも覚えていた。
憧れたおじさんの実力が隔絶したものだと認識したからである。
このままでは自分たちは、置いていかれると思ったのだ。
それではおじさんの役に立てない。
ましてや、おじさんを守るなんていうのは夢の話である。
だから――。
「あせらないの。一歩ずつ進めていくしかないじゃない。アタシだって聖女なんて言っても、リーの前じゃ形なしなんだから。悔しいって思っているのはみんな一緒でしょ?」
「それでエーリカもあの技を練習していたのです?」
それはおじさんによる無寸勁である。
なんちゃって通背拳のことだ。
「あれ、めちゃくちゃ格好よかったじゃない! 覚悟なさいませって! あんなセリフは反則よ」
聖女の言葉に頷く二人である。
確かに格好よかったのだ。
「ちょっとやってみせるのです!」
パトリーシア嬢の要請に従って、訓練場にある標的に手を添える。
「覚悟なさいませ!」
そして、聖女がドンと踏みこむ。
おじさんとちがって、地面もなにも揺れないけど。
「はいやー!」
標的は微動だにしなかった。
大事なことなので、もう一度。
微動だにしなかったのである。
「ふぅ。今日はこれくらいにしといてあげるわ!」
浮いてもいない額の汗を拭いながら聖女が言う。
「エーリカ、格好悪いのです」
「仕方ないでしょ! あんな技知らなかったんだから!」
“ふっ”とアルベルタ嬢が笑う。
「そこ! 鼻で笑うなっ!」
後のその名を轟かせる御令嬢たちだが、まだその未来は遠いようである。
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