第168話 おじさんの女傑の背中を煤けさせる


 カラセベド公爵家領の重要な拠点のひとつが港町アルテ・ラテンだ。

 町の名から想像がつくかもしれないが、東西に町が分かれている。

 

 おじさんたちが渡ってきた大河の支流が町の中心部を流れている。

 そのためかつては東側がアルテ、西側がラテンと別れていたのだ。

 

 ただ公爵家が領地として治めるようになったことで、ひとつの町として扱われている。

 ちなみに東側に港があり、町の中心を流れる川の西側に領主の館が立っているのだ。


 端的に言えば、住人たちを揉めさせないように気を使った結果である。

 領主の館でもおじさんたちは歓待をうけた。

 

 現在のトルーン家の当主がフレメアである。

 十年ほど前に当主であった旦那は亡くなったそうだ。

 ただ子どもがまだ小さかったこともあり、陣代としてフレメアが当主となったのである。

 要するに中継ぎみたいなものだ。

 

 ちなみに子は既に成人している。

 現在は公爵領の領都にて仕事をしている。

 

 領主館で入浴や食事などを終えて、弟妹たちは既に寝室で夢の中であった。

 慣れない旅での疲れがでたのだろう。

 その点も考慮して、港町アルテ・ラテンでは二泊する予定である。

 ハムマケロスよりも一泊多くした形になる。

 

 おじさんも弟妹たちにお供したかったのだが、そうもいかないのが浮世のしがらみなのだ。

 フレメアからサロンに誘われてしまったのだから断れない。

 

 領主館にあるサロンでは、チェスターフィールドの家具が揃っていた。

 おじさんが原型を作り、公爵家で売りだしているものだ。

 

 豪奢な雰囲気のある妖艶な美女が座るとよく似合う。

 彼女の手には酒の入ったグラス。

 おじさんはいつものようにお茶を飲んでいる。

 

「さて、リーには色々と聞きたいことがあるんだが……」


 と、目を細めるフレメアである。

 

「先日、ハリエット様から面白い話を聞いたのさ」


 おじさんは無言で先を促す。

 

「ふふ……リー、新しい札遊びを作ったそうじゃないか」


 札遊び。

 確かに作った。

 おじさんは前世のゲームをいくつか再現したのだ。

 

「アタシと勝負といかないかい?」


「勝負、ですの?」


「ああ! こういう遊びには目がないんだよ」


 そこで領主館の侍女が高級そうな黒塗りの木箱をテーブルに置いた。

 中からでてきたのは、おじさんのパク……もとい、自信作である。

 二人用の対戦心理ゲームだ。

 

 一から九までの数字カードが二組と、サイコロに砂時計がセットになっている。

 数字の大きなカードを出した方が勝ちになるのだが、九は一に負ける仕様だ。

 一度使ったカードは使えないので、最大で九回戦。

 つまり五勝した方が勝ちになる。

 

 そしてカードは表にせず、裏返したままで第三者が勝ち負けを判定するのがミソになる。

 今回は侍女がその役割だ。

 

 ちなみにカードは奇数と偶数で色分けされているので、それだけはわかるのだ。

 サイコロは先攻と後攻を決めるのに使い、砂時計はカードをだすときの時間制限のために使う。


 おじさん基準の三分程度だ。

 砂がつきてもカードを出せない場合は、その時点で負けという厳しめの設定だ。

 

「なにかを賭けたいところだが、まだ成人前のお子様からむしろうって気はないから安心しな」


 その言葉にちょっとカチーンときちゃったおじさんである。

 ほどほどの勝負に持ちこんで、角が立たないように終わらせるつもりだったのだ。

 だが挑発だとわかっていても、やらなければいけないときがある。

 

「そうですの。それはよかったですわ」


 にっこり、という微笑みを見せるおじさんであった。

 その笑顔を見たおじさん付きの侍女は、思わず息を呑んでしまう。

“あ、これダメなやつ”と思ったのだ。


 かか、と女傑は笑う。


「じゃあ、やろうか」

 

 グラスの酒を飲み干して、フレメアは実に好戦的な笑みをうかべた。

 

「……かはっ」


 十数分の後に女傑の目が虚ろになっていた。

 おじさんの圧勝であったのだ。

 

「さて、フレメア様。わたくしの予想を言ってもいいですか?」


 力なく頷く妖艶な美女の顔は青ざめている。

 

「一枚目は五、二枚目は七、三枚目は九、四枚目が八、五枚目が六」


 宣言しながら、おじさんは場に置かれたカードを捲っていく。

 その数字はすべて当たっていた。

 

「にゃ、にゃんで……」


「最初は様子見、それで負けたから強めの数字をだしましたわね。二連敗のあと、ここは負けられないと九をだしてきましたわ。それでも負けたので次も最高のものを。最後はもう一発逆転の運にかけましたわね」


 ぐうの音も出ないフレメアである。


「まるっとお見通しですわ!」


「さて、フレメア様。わたくし、調子がでてまいりましたの。二回戦といきましょうか?」


 にっこりの笑顔が再来する。

 一回で許す気はなかったのだ。

 

 おじさんは自前の観察眼をフルに活用していた。

 王太子との戦闘に用いていたアレである。

 情報が不足気味な相手だが、その勝ち気そうな性格からこうくるだろう、と予測したのだ。

 

「小娘にいいように負けたままでいられるか!」


 さすがに海賊の女頭目のような雰囲気を持つ女性だ。

 一回で心が折れるほど、ヤワではなかった。

 

「お手柔らかに」


 その夜。

 領主の館からは悲鳴に似た声が何度もあがったそうである。

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