第167話 おじさん公爵家領の港町で歓迎される


 甲板でウナギを満喫したおじさんたちの船旅は順調であった。

 幾度か魔物とも遭遇したものの、騎士たちや船乗りたちが対処していく。

 

 弟妹たちはおじさんの用意した酔い止めの効果があったのか。

 終始、船旅という新たな経験にはしゃいでいた。

 

 特に見所であったのは、二日目に通りがかったシェイタームリアの星天峡せいてんきょうと呼ばれる場所である。


 川幅が狭まる場所で、両側が切り立った崖である。

 武陵源のような奇岩がならび、霧がたちこめると仙人でもでそうな雰囲気だ。


 おじさん、前世では風景写真を見るのが趣味のひとつだったりする。

 お金がなくても、そこへ旅をしたような気分になれるからだ。

 

 そんな絶景を眺めながら、進んでいくと天然の巨岩によるアーチがかかっていた。

 

「お嬢様、ここが見物なんでさあ」


 熟練の船乗りのひとりが声をかけてきた。

 船がゆっくりと進んでいき、アーチの下の入る。

 

「上を見てくだせえ」


 その言葉のとおりに上をむくと、空を覆うアーチに七色の輝きが見えた。

 大小、色とりどり。

 さまざまな宝石を散りばめたかのようである。

 星空とはまた異なる幻想的な美しさがあった。

 

 時間にすれば、わずか数分のことである。

 しかし、その風景はおじさんの心に深く刻まれた。

 

 そして現在である。

 そろそろ陽も沈もうかという黄昏時であった。

 おじさんたちは、公爵家領の港町アルテ・ラテンに到着したのである。


 港には既に大勢の人間が出迎えにきていた。

 先頭にいるのは、不惑しじゅうも半ばを過ぎているであろう女性である。

 背が高く、肉感的なスタイルだ。

 

 燃えるような緋色の長い髪。

 意思の強そうなキリッとした赤銅色の瞳。

 有り体に言えば、美人であった。

 

 服装はドレスだが、船長服にでも着替えれば女海賊といった雰囲気がある。

 

「久しぶりだね、リー!」


 と言われてもであった。

 おじさんの記憶にはない。

 首をこてん、とかしげるおじさんを見て、女性は快活な笑い声をあげた。

 

「さすがに覚えてないか、あんたに会ったのはまだ赤ん坊のときだったからね!」


 首肯するおじさんを見て、女性は言う。

 

「フレメア=アーディル・トルーン。メルテジオ、アミラ、ソニアの三人も歓迎するよ! ようこそ港町アルテ・ラテンへ」


「リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワですわ。よろしくお願いいたしますの」


 御令嬢らしいカーテーシーを見せるおじさんである。

 弟妹たちも挨拶を交わして、用意されていた馬車に乗りこんだ。

 

 フレメア=アーディル・トルーン。

 港町アルテ・ラテンを治める領主である。

 トルーン家は公爵家の分家のひとつだ。

 なのでおじさんたちとは縁戚関係にある。

 

 蓮っ葉な態度でいて、どこか油断のできない人だとおじさんは思った。

 

「噂は聞いてるよ、リー」


 どこか挑発的な視線を向けてフレメアは投げかける。

 

「随分と楽しいことをしているんだって? アタシにも一枚噛ませてくれないかい?」


「と言われましても」


 恐らく父親か母親から話を聞いているのだろう。

 だがおじさんは敢えて、とぼけてみせた。


「ふふ……そうかい。まぁ楽しみは後にとっておくとしようか」


 と一転して、フレメアは人なつっこい笑顔を見せる。

 そして初めまして、で緊張している弟妹たちと会話をするのであった。

 おじさんにむけていたのとはちがう、包容力のある大人の女性でもあるのだ。

 

 人見知りをしない妹はすぐに懐いてしまった。

 ほどなくして領主の館に馬車が到着する。


 ここまでの道のりもしっかり整備されていて、大きく馬車が揺れることはなかった。

 そんなことに感心しているおじさんに声がかかる。

 

「なにもとって喰おうって気はないさ。ただアタシは楽しくやりたいだけ。わかるだろ? リーなら」


 にぃと犬歯を剥くような、凶暴さを隠さない笑顔であった。

 なんだか厄介な御仁のようだとおじさんは思う。

 タイプとしては学園長に近いだろうか。

 

「フレメア様、面倒ごとはごめんですわよ」


 おじさんの答えに、呵々と大笑する女傑であった。

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