第166話 おじさん船上でウナギを焼く
ウナギは季節の変わり目である土用の日に食される。
なんて言うのは、おじさんの前世の記憶だ。
港町ハムマケロスでは日常的に食べられている食材になる。
ウナギは関西と関東で捌き方と焼き方がちがう。
関東では背開きで、蒸してから焼く。
関西は腹開きで蒸さずに焼く。
おじさん、どちらかと言えば関西のウナギ派である。
表面がパリッとしていて、香ばしい感じが好きなのだ。
あと、ご飯の下にウナギを入れてあるのもいい。
ここは大盤振る舞いといきましょうか。
と、おじさんは決意した。
侍女に船の料理人を呼んできてもらう。
甲板で焼くのだ。
ウナギの捌き方を料理人に指示するおじさんであった。
その間に錬成魔法を使って、焼き台を作っていく。
炭火焼き用の台である。
ついでに金串を作っておくことも忘れない。
パパッと作業を終えると、おじさんは肝心のタレを作る。
ハムマケロスはさすがに物資の集積地であった。
おじさんは商会にて、大豆を大量購入していたのだ。
実は大豆は生産されていた。
が、主な用途は家畜の餌だったのである。
おじさんはこの事実を知らなかった。
なので王都でも大豆を見かけなかったのである。
大豆に小麦に塩。
これを材料にして醤油もどきを錬成魔法で作る。
発酵もこなしてしまうのが、おじさんの錬成魔法なのだ。
醤油もどきをベースに砂糖とお酒などを煮詰めて、濃くて甘いタレに仕上げていく。
こちらも煮詰める作業は侍女に任せてしまう。
わさびがあれば、白焼きにしてもいい。
しかし残念ながらワサビがないのだ。
なので今回は白焼きは断念した。
季節的に言えば、
かんたんに言えば、ウナギとキュウリを使った酢の物である。
さっぱりとしているのだが、なにせキュウリ嫌いのおじさんなのだ。
早々に鰻ざくは選択肢から消されてしまった。
「開いたウナギは、この壺に入っているタレにつけて焼いてくださいな。何度もつけながら焼くのですよ」
料理人たちが、おじさんの指示に従って調理をスタートさせる。
すると、甲板の上にたちまち暴力的なまでに食欲を誘う香りが漂いだす。
あちこちで腹を抱える者たちが見えた。
さすがに扱いなれている食材だけあって、調理人たちの手際もいい。
「お嬢様、こんなものでしょうか?」
と焼き上がったウナギを持ってきてくれる。
切り分けられたそれを一口、はむりと食べるおじさんなのだ。
パリッとした皮を噛むと、じゅわっと脂の旨みが口の中に広がった。
甘くて濃いタレが絶妙に絡んでいる。
香ばしく焼かれた匂いが食欲をそそるのだ。
ビッと親指を立てて、“上デキですわ”と笑顔になるおじさんだ。
正直に言えば、前世で食べたウナギよりも美味しいわけではない。
そんなことは当然である。
それでも十分に許容範囲の味であった。
初回からこの味であれば、タレが育っていけばもっと美味しくなるだろう。
感慨に耽っている、おじさんの腕がちょんと引かれる。
見れば、妹が口を開けていた。
食べさせて、という微笑ましいアピールである。
おじさんもニコニコしながら、妹の口にウナギを運ぶ。
もきゅもきゅと咀嚼する妹はすでに笑顔だ。
「ソニア、ズルいぞ! 姉さま、ボクも!」
「ん!」
騒ぎ立てる弟妹たちには、お皿ごと渡すおじさんであった。
そして職人にむかって言う。
「あなたたちも試食してみなさいな、美味しいですわよ」
日頃食べているものとは少し風味がちがう。
しかしベースとなる味は甘辛なのだ。
なので受けいれるのに抵抗がなかったのだろう。
「うめえ!」
次々に料理人たちが声をあげていく。
「さて、これをどうしましょうかね」
おじさん的にはお重にしてもらいたい。
ただしお米は長粒種だ。
あんまり心配はしていない。
なぜなら長粒種は汁かけご飯にむいているからだ。
と言うことで、宝珠次元庫から作り置きのご飯をとりだす。
おじさんの魔法でさっさとお重も作ってしまう。
そこに半分ほど、ご飯をもって焼きたてのウナギを置く。
さらにご飯をかぶせて、ウナギである。
最後にタレをかけ回して完成だ。
ご飯の間に入れたウナギは、熱で蒸される。
それがまた食感のちがいを生んで、二度美味しいのだ。
山椒があれば、なおよかったのだが仕方ない。
次はひつまぶしでも作ろうと思うおじさんだ。
きっとウナギのお茶漬けは美味しいだろう、と考えたのである。
「おお!」
と周囲から声があがる。
港町ハムマケロスではパンと食べるのが主流である。
なので、おじさんはそちらも作っておく。
ウナギを具材としたサンドイッチだ。
醤油ベースのタレもパンにあう。
なにせテリヤキバーガーという偉大な食べ物があるのだから。
パンに水分が移らないように、バターを塗ってから葉物野菜とウナギをサンドする。
「お好きな方をどうぞ」
かつてないほどに船上が熱狂した。
蛮族のような声をあげる騎士たちと、狂戦士と化した船乗りたちが殴り合う。
ウナギを奪いあって。
おじさんはべつに変なお薬は入れていないのに。
やっぱり美味しい食事は正義なのだ。
結局のところ購入したウナギのほとんどを放出したおじさんであった。
こうして公爵家の領地では、おじさん式のウナギの食べ方が急速に広まっていく。
それはまた別の話である。
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