第165話 おじさん船上からサメを狩る


 気になっていた衣類のことは一段落ついた。

 いつものように錬成魔法で、えいやっとはやらない。

 素材も少ないし、弟妹たちが気になったのだ。


 なので気分転換もかねて、おじさんも甲板にでてみた。

 

 ドリカ・オロメヴァトの大河。

 王領の穀倉地帯を流れるドリカ川とオロメヴァト川は、港町ハムマケロス付近で合流している。

 そして公爵領へと流れこんでいるのだ。

 

 おじさんの記憶で言うと、長江や黄河のようなイメージが近いだろう。

 とにかくスケールが大きいのだ。


 ちなみにおじさんたちが乗っている船も大きい。

 木造船だが五十から六十メートルくらいか。

 ゆったりと進んでいるが、風が心地いい。

 風になびく髪を押さえ、雄大な自然に目を細める。

 

 おじさんの前世の記憶にもない風景だ。

 エメラルドを濃くしたような色の大河。

 川岸間近な部分には、密集して生える多くの緑が見えた。

 その奥には鮮やかな黄土色した奇妙な形の岩がならんでいる。

 

 奇岩とでも言うべきか。

 石筍の上に珠がのったような形だ。

 まるでてるてる坊主が林立しているようである。

 

 そんな風景を眺めていると、弟妹たちの声が聞こえてきた。

 

「にーさま、そっちいった!」


「まかせろ!」


 どうやら大河にすむ小型の魔物を狩っているようだ。

 どぉんどぉんと爆発音も聞こえてくる。


「おお! 若様すげーな!」


 あの軽口は副長だろうか。

 騎士たちがついているのなら安全なはずだ。

 

「お嬢様も参加なされますか?」


 侍女の問いに首を横に振るおじさんである。

 

「メルテジオとソニア、それにアミラもいるのですから十分でしょう」


 そう。

 おじさんのセンサーには大型の魔物は引っかからないのだ。

 ならばちょうどいい練習になる。

 中型や大型の魔物なら厳しいが、あの程度の気配なら問題ない。

 

 ほどなくして、“にーさま、スゴい! やった!”と騒ぐ妹の声が聞こえる。

 大きめの鯉くらいの魔物が、ぷかりと腹をみせて複数浮いていた。

 その死骸もほどなくして、水の中へと消えていく。

 

 なんとなくだが、嫌な感じがするおじさんである。

 そうやって集まってきた少し大きめの魔物を狙って、もっと大きな魔物がくるのでは、と。

 実益で釣りをしていたおじさんの経験が、そう告げていた。

 

 そして嫌な予感は当たるものである。

 

 急速に近づいてくる大きな魔力。

 いきなり大きな水しぶきがあがったかと思うと、サメに似た魔物が水面から飛び上がった。

 ただし一般的なサメではない。

 体長はおよそ十五メートルくらいだろうか。

 

 おじさんが狩った地竜と同サイズだ。

 ただし見た目の凶悪さは、こちらのサメの方が上だった。 

 ゴツゴツとした体表は固まった溶岩のようである。

 さらに溶岩の亀裂からは、毒々しい紫色の光を放っているのだ。

 

 サメが河にいることはおかしくない。

 砂漠や台風の中にだっているのだから。

 果ては宇宙にだっている。

 

 おじさんはB級映画が大好きなのだ。

 

「げええ!」


 副長の下品な声が聞こえたかと思うと、船全体が結界に包まれる。

 結界はアミラが張ったものだ。

 

「お、お嬢様……」


 側にいた侍女が大型の魔物を見て、声を震わせている。

 恐怖なのだろう。

 おじさんは思った。

 これが正常な反応なのだろう、と。

 

「サメは美味しくないのですわ」


 とは言え、つい思っていたことが口にでるおじさんであった。

 おじさんの言葉を聞いて、目を見開く侍女。

 もはや言葉もないようだ。

 

 アサイラムに出演していそうなサメが結界に体当たりをしている。

 どうやら船を餌とでも認識したのだろうか。

 自分よりも大きな物体なのに、よくもまぁケンカを売るものだ。


 そんなことを考えながら、おじさんはアミラの側に寄る。

 

「アミラ、わたくしの魔法の発動にあわせて結界を解除できますか?」


「ん!」


 なぜか万歳をするアミラである。

 

「ではいきますわよ!」


【氷弾・改二式】


 おじさんの背後におびただしい数の氷弾が出現する。

 

「解除」


 アミラの声にあわせて、無数の氷弾が飛ぶ。

 ガガガと音を立てて、氷柱のような形の氷弾が溶岩のような体表を削っていく。

 やはりある程度の魔物になると、あの防護膜のようなものがある。

 

 しかしおじさんの魔法の前には通用しなかった。

 

「ゴトハルト、あの魔物は食べられますの?」


「いえ、たぶん無理かと」


「そうですの……」


 いや、おじさんはどうしてもサメを食べたいわけではないのだ。

 ただ実益のみで釣りをしていた経験から、釣った魚は食べるべきと思っている。

 もちろん毒のある魚は食べられないが。

 

「仕方ありませんわね」


 おじさんの言葉に一部の騎士たちと、侍女たちが胸をなでおろす。

 あんな毒々しい紫色のサメは、誰だって食べたくないのだ。

 

 しかし、シンシャにとってはちがっていたようである。

 妹の頭の上にのっていた小さな黒銀のスライムが、ぴょんとサメの死体に飛び移った。

 そして身体を大きく広げて、吸収していく。

 

「ひょーだん、かい、にしきー」


 そんなことには興味がないのだろう。

“えいやー”と両手を前に突きだして、妹がおじさんを真似ている。

 どこか琴線に触れるものがあったのだ。

 

「ではわたくしたちの食事はどう……」


 と言いかけて、おじさんは思ったのだ。

 そうだ。

 ウナギが食べたい、と。

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