第161話 おじさん都市伝説になる


 家の中の様子を確認したおじさんが口を開く。


「トリちゃん、小鳥を使って衛兵隊に報せてくださいな」


『もう飛ばしておる。残りは二カ所、近い方から行くぞ、主よ』


「承知しましたわ!」


 すぐに駆けだしたおじさんは、頬にあたる夜風が心地よくてつい調子にのってしまう。

 思わず、ムダに前方回転なんかを決めちゃったりする。

 生身なのに立体機動装置を使ったような動きだ。

 

『主、左側にある赤い屋根の家だ。そこに二人いる』


「さっきと同じ手段でいきますわよ!」


『承知!』


 おじさんの【多重電撃檻テスラ】が炸裂する。

 さすがに二回目となると手際がいい。

 

 最後の拠点を目指して、とんでもない速度で疾走していく。

 薄く青みがかった銀色の髪をたなびかせる姿は、近目だとアクロバティックで大変格好のいいものである。

 しかし遠目に見ると、黒でキめた服のせいで生首が獲物を求めて飛んでいるように見えたのだ。

 

 港町と言えど、夜は暗い。

 かすかな月明かり、そこにぼんやりと屋根の上を高速で移動する生首が見えた。

 港町の住民たちは言う。

 

“あの生首が人を殺して回っていたのだ”と。


 とんだ濡れ衣を着せられたおじさんである。

 

『主よ、ここで最後だ』


「では、いきますわよ!」


『待て、主。あれは衛兵か』


「残っている人がいないか確かめにきたのですか?」


『いや、違う。“逃げろ”と話している。まとめて電撃を喰らわせてやれ』


多重電撃檻テスラ・改】


 それはもう雷のゲリラ豪雨とでも言うべきだった。

 一条ごとの大きさこそ小さいものの、前が見えなくなるほど閃光が走る。

 

「ちょっと加減を間違えましたわ」


 てへぺろっとするおじさんである。

 

『主よ……治癒をかけておく方がいい。あのままでは死ぬぞ』

 

「仕方ありませんわね」


 さっさと治癒魔法を発動させるおじさんである。

 治癒をした後にしっかりと魔法をかけるのも忘れない。

 

【麻痺・強】


 全員がビクビクと痙攣した後に動かなくなった。

 それを確認してから、おじさんは問う。

 

「トリちゃん、港の方はどうなりました?」


『むぅ。マズいな……召喚門が発動しそうになっておる。急ぐぞ、主!』


 トリスメギストスの先導に従って、おじさんは屋根の上を飛ぶように駆ける。

“でたぁ、生首だぁ!”と言われているのを知らずに。


「ところでトリちゃん、召喚門とはなんなのです?」


『あれは禁呪のひとつであるな。異界との門を開き、異界の住人を喚びこむものだ』


「それってすごく魔力が必要になりませんか?」


『無論である。なので相当に準備をしてきたようだな。恐らくは殺した者の魂魄たましいも餌にする気であろう』


「その魂魄たましいはどうなるのです?」


『餌にされてしまえば消滅する』


「許せませんわね」


 おじさんは転生者である。

 女神に対してゴネまくったが、それも魂魄たましいがあってこそのものなのだ。

 次に生まれるチャンスすら奪われるのは、とてつもない忌避感を覚える。

 なんだかんだで気に入っているのが、今生というものを。

 

『あ、主よ。少し怒りを抑えよ。魔力が解放され過ぎておる』


「むぅ。最速でいきますわよ!」


 加速する。

 何人たりともオレの前は走らせねえといった勢いで。

 結果、屋根の上に敷かれているレンガの瓦が犠牲になってしまった。

 

 そのお陰もあって、ものの数秒という時間で港へたどりつくおじさんである。

 

「見えましたわ!」


『主、あの広場の中心だ。対抗魔法の術式は――』


 トリスメギストスの言葉が終わらぬうちに、おじさんは魔法を放った。

 それは大きく広がっていた魔法陣の中心にあたり、鈍色の光を放って霧散させる。

 

「とう!」


 おじさんは屋根から跳んだ。

 そして空中で前方に一回転すると、ぎょっとして動きをとめている男にむかって片足を伸ばす。

 同時に風の魔法を使って、背中を押して加速しつつ叫ぶ。

 

「ほっぱああああああきぃいいいっっく!」

 

 キラキラと輝く青い光がおじさんの伸ばした足先に集まった。

 放たれた矢のような軌跡を描いて、男の土手っ腹におじさんの蹴りが入る。

 男は両手両足を伸ばした格好で、身体を「く」の字よりも鋭角に曲げて吹き飛ぶのであった。

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