第160話 おじさん港町で泥棒三姉妹の気分にひたる
「トリちゃん!」
『大丈夫だ、主! 今のは我が放った目潰しの魔法である』
その言葉に頷いて、おじさんは弟妹たちに目をむける。
「アミラ、メルテジオ、ソニアはここから動かないでくださいな」
三人に優しく言葉をかけて、にこりと微笑んでみせた。
不安を取り除きたかったのだ。
「ねえさまはどうするの?」
「わたくしは指揮をとらないといけません。わかる、ソニア?」
おじさんの問いに妹はこくりと頷く。
「ソニア、姉さまは大丈夫」
アミラが妹の手を握る。
「シンシャもいいですわね?」
おじさんは妹の腕の中にいた黒銀のスライムにも声をかけた。
“テケリ・リ、テケリ・リ”と返事が返ってくる。
「お嬢様!」
ゴトハルトが副長を伴って戻ってくる。
その隣には、ぜいぜいと息を切らす代官もいた。
「アウリーン卿、衛兵隊に命じて民たちを避難させてくださいな。この町を熟知している衛兵たちの方がこの任務に適しているでしょう」
“かしこまりました”と一礼して代官は踵を返した。
おじさんは文句を言われなくてホッとする。
手柄は衛兵隊のものだと、ゴネられる可能性も考えていたのだ。
しかし杞憂に終わったことに満足した。
「ゴトハルト、準備は?」
「整っております」
「では犯人を取り押さえてくださいな」
「承知しました。お嬢様はどうなされますか?」
「わたくしも行きますわ」
少しの
どうにもウズウズしていたのだ。
召喚門というものに。
「シクステン、もう身体は大丈夫ですわよね?」
「問題ねえッス!」
「では出陣ですっ!」
「お待ちください、お嬢様!」
いいところで侍女から声をかけられてしまう、おじさんである。
「どうかしましたの?」
「そのお召し物では……ちょっと」
改めて自分の姿を見る。
そう。
おじさんはサマードレス姿のままだったのだ。
「……ゴトハルト、先行してくださいな。わたくしは着替えてから参ります」
緊迫していたところに弛緩した空気が流れる。
その流れに耐えきれず、“ぶほっ”と副長が吹きだしてしまった。
続けて、“ナハハ”と声をあげて笑ったのだ。
「ううう……シクステンは減点ですわ!」
顔を赤くさせたおじさんが、指をさして副長に言う。
「減点!?」
「十点減点でお耳をもふもふしますの!」
「ひでぇ!」
このやりとりで、弟妹たち、そして侍女たちに隊長まで笑顔になった。
港町ハムマケロスは水上交通と陸上交通の基点である。
規模としても大きく、しっかりと整備がされているのだ。
ここを破壊されてしまうのは、王国にとってかなりの痛手となる。
王族に対して搦め手でちょっかいをかけていた邪神の信奉者たち。
それが直接的に動いてきたということだ。
「はい。これでよろしいですわ」
満面の笑みになった侍女に送りだされるおじさんである。
「お嬢様、御武運を」
その言葉を背におじさんは振りむかず、手をヒラヒラと振る。
ちょっと照れくさかったのだ。
パンツスタイルにブラウス。
上下ともに黒で、足下もヒールのない黒い革靴にしている。
動きやすい格好になったおじさんは駆けだそうとして立ちどまった。
代官邸はほぼ町の中心にあるのだ。
そのため東側から避難してきた民たちが見えたからである。
「トリちゃん! 状況はどうなってますの?」
おじさんの肩の辺りで、ふよふよと宙に浮く使い魔に声をかけた。
『うむ。妨害工作は成功した。今は護衛騎士たちと交戦中である』
「敵の人数は?」
『姿を見せているのは八人。町中で不審な動きをしている者が八人』
「応援の必要はどうです?」
『騎士たちは問題あるまい。人数でも有利であるしな。隊長と副長の二人でも問題のない相手である』
「では町中の不審者を潰しにいきますわよ!」
『心得た。主、身体強化を使って屋根伝いにいく方が早いぞ』
【身体強化・改】
一瞬のうちに魔法を発動させたおじさんは、代官邸の壁を蹴り、民家の屋根へと跳びあがる。
レンガ造りの家の屋根へ、華麗に着地するおじさんであった。
うっすらと青みがかった銀色の髪が月夜に映える。
トリスメギストスのナビに任せて、おじさんは駆けた。
夜の港町、その屋根の上を。
気分は泥棒三姉妹の一人である。
『主、三つ前方の家だ。そこに三人いる』
「他に人はいますの?」
『いや式神からの情報だと三人しか確認できん』
「それは重畳!」
件の家にある窓から中を確認したおじさんは指をスナップさせた。
【
次の瞬間、部屋の中に幾筋もの電撃が檻のように走る。
三人の不審者は為す術もなく倒れるのであった。
「ふぅ。手加減がうまくいきましたわね」
どこが? と問いたい使い魔であった。
しかし学習する使い魔は、きちんと空気を読むのである。
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