第162話 おじさん邪神の信奉者たちを制圧する


 渾身の跳び蹴りを喰らわせたおじさんは、反動を使ってくるりと後方回転して着地する。

 ずざざっと石畳の上をすべるのを、獣のように両手両足を地につけてとめるのであった。

 

 その様子に広場にいた全員が呆気にとられてしまう。

 なにが起こったのか理解できなかったのだ。

 

 顔を伏せたまま、おじさんは叫ぶ。

 

「トリちゃん!」


【麻痺・強】


 その一瞬で、邪神の信奉者たちと思われる者たちが崩れ落ちた。

 

「ゴトハルト!」


 おじさんの声で隊長は正気を取り戻した。

 そして状況を見て、素早く動く。

 邪神の信奉者たちは一瞬にして捕縛されたのであった。

 

「……お嬢、むちゃくちゃ過ぎるだろ」


「なにか言いましたか、シクステン。減点しますわよ」


「なんも言ってねえッス!」


「ではさっさと動く」


「かしこまり!」


 おじさんは護衛騎士たちを見る。

 誰も大きなケガはしていないようだ。

 そのことにホッとしたおじさんであった。

 

「お嬢様」


 隊長がぼろ雑巾のようになった男を引きずってくる。

 

「この者に治癒をお願いいたします」


 見れば息がか細く、今にも昇天しそうな顔色であった。

 手加減はしたとはいっても、おじさんのスペシャルキックである。

 推して知るべしの破壊力であった。


「ちょうどいいですわ。ゴトハルト、皆を集めてくださいな」


 おじさんの前に整列した騎士たちを含め、【広域治癒】を使って癒やしてしまう。

 そこで素早くトリスメギストスが、邪神の信奉者たちに【麻痺】を入れる。

 もはや熟練の餅つき職人のような息の合い具合だった。

 

「町中に潜伏していた不審な輩もすべて捕縛しました。そこの者たちを連れてアウリーン卿に引き渡しますわよ」


“はい!”と副長が手をあげる。


「手柄はぜんぶむこうってことですかい?」


 こくりとおじさんは頷く。

 

「余計な恨みを買う必要はありませんわ。それに町中にまだ潜伏している可能性なども考えれば、この先かなりの時間を足止めされますわよ。わたくしにはそんな時間はありませんの」


「なるほど」


「とは言っても、本日のことはお手柄でした。後日、わたくしからお祖父様に報告しますから、何かしらの褒賞をだしていただけるよう手配しますわ」


「さすがお嬢! いよっ太っ腹!」


 手を叩いて喜ぶ副長をおじさんは冷たい目で見た。

 

「女性にむかって太っ腹はないですわ。シクステン、減点です!」


「そんなあああ!」


「軽口は災いのもとですわよ」


 膝から崩れた副長の頭をゴツン、と隊長が打つ。

 

「副長に任命したのは早かったようだな」


「隊長まで!」


 騎士たちから笑い声があがった。

 

「さて、長居は無用です。いきますわよ!」


 颯爽と騎士たちを率いて、おじさんは凱旋する。

 町を行くと、時折だが声がかかった。

 おじさんの姿に見惚れているようなものばかりであったが。

 

 邸につくと代官自らが、門前にて出迎えてくれる。

 

「わざわざ出迎えていただき恐縮ですわ」


「こちらこそお嬢様のお手を煩わせてしまい汗顔の至りでございます」


 大きな身体を窮屈そうに曲げる代官であった。

 

「港にいた不逞の輩は取り押さえましたわ。町中にいた者たちは衛兵隊にお任せしましたが……」


「はい。すべて取り押さえております。お手数をおかけしました」


 代官の言葉にこくんと頷くおじさんであった。


「では犯人たちは引き渡しますので、後はアウリーン卿の方でお願いしますわね」


「よろしいのですか?」


 代官は代官で手柄を持って行かれることを覚悟していたのだ。

 いやそもそも今回の件、公爵家の御令嬢に頼んだことで自分の手柄はないものと思っている。

 だから、おじさんの言葉は予想外だったのだ。


「かまいませんわ。日頃からこの町を守っているのはアウリーン卿なのですから、わたくしたちでは手に余りますわ」


「お嬢様の慈悲に感謝を!」


 片膝をつき、右腕を左胸にあてた礼をする代官であった。

 アメスベルダ王国では貴族内に明確な差がある。

 建国王に付き従った在地領主が上、それ以外の法衣貴族は下。

 

 明文化されているわけではない。

 いわゆる暗黙の了解というものだ。

 その関係性を持ち出されて悔しい思いをしたことは、法衣貴族なら誰だってある。


 しかし、おじさんはすべてを譲ると言う。

 ふつうは上前をはねるのだ。 

 地味な仕事は押しつけて、美味しいところだけを持っていく。

 それもしないと、おじさんは言うのだ。

 

 これで感謝をしないほど、子爵は腐っていない。

 王から代官を任されるほどの人物なのだ。

 それも当然と言えるのかもしれない。

 

「そこまでの礼は不要ですわよ。むしろこれから忙しくなるのですから。卿には獅子奮迅の活躍を期待しますわ。さぁお立ちになって」


 おじさんの言葉に顔をあげる代官である。

 そして間近で見てしまった。

 超絶美少女であるおじさんの微笑みを。

 

 一切の邪気がない。

 まるで女神のごときかんばせである。

 

「はうあ!」


 いい年齢をして、ドキがムネムネしてしまう代官であった。

 それは恋愛的ななにかではない。

 ただ理解してしまったのだ。

 

 この超絶美少女こそ、英雄と呼ばれるような人間だと。

 惹かれるのだ。

 どうしようもなく。

 

 過ごした時間など関係ない。

 それは恋に落ちるのと似ているのかもしれない。

 だが明確に恋愛とはちがうとわかる。

 

 高鳴る。

 かつて建国王とともに戦った貴族たちは異口ながらも、皆が同じ意味を言っていたと残されている。

 

“陛下こそ真の王なり、我らは陛下のためであればいつでも命を捨てる覚悟がある”と。


 そんな思いを自分も経験するとは思っていなかった。

 人に言えば笑われるだろう。

 たかだか十四の小娘に何を、と。

 

 しかし代官は確信したのだ。


“この御方こそ、真なる我が主である”と。


 またもや勘違いで信者を増やしてしまうおじさんであった。

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