第158話 おじさん取り乱す


【麻痺・強】


「トリちゃん!?」


 おじさんよりも先に動いたのは、トリスメギストスだった。

 

『主よ、治癒させるのは早い。そこの騎士殿、倒れている男の身体を調べた方がいい。なにか外傷はないか? 身につけているもので覚えのないものはないか?』


 その言葉に隊長が素早く動く。

 副長の服をはだけさせて確認していくが、特に怪しい部分はなかった。

 

『主、治癒魔法を』


「わかりましたわ」


 とおじさんの治癒魔法が発動する。

 次の瞬間、副長の頭からはキツネの耳が生えていた。


「なぬう!」


 思わず、指をわきわきとさせてしまうおじさんである。

 

「ねーさま、あのお耳、なでてもいい?」


 いつの間にか近くに寄ってきていた妹が言う。

 

「アミラも」


「ボクも」


 お子様組も副長のキツネ耳から目を離せないでいる。

 

“むははは”とトリスメギストスが笑い声をあげた。

 

『そういうことか』


「自分だけ納得してないで説明してくださいな、トリちゃん」


『恐らく情報収集の一環で、その者は酒場に行ったのであろう。この地域で酒と言えばチャムチュルだ。芋から作られる酒なのだが、獣人族ビストには遅効性の毒のように効くと文献にある』


獣人族ビスト……」


『うむ。その者、獣人族ビストの血を引いておるようだな』


 獣人族ビスト

 そう言えば、とおじさんは思っていた。

 この魔法があるファンタジー世界で、他の人種を見たことがない、と。

 ちなみにエルフがいることは、おじさんも知っている。

 

 しかし獣人族ビストのことは初耳であった。

 

『この国を含めた周辺の大陸は神代言語でトーラーと呼ばれていた。第三大陸という意味だな。その意味のとおりに、他にも大陸はあるのだ。ただ現在では行き来がされていない。外海を渡る術がないからな』


“いずれ主がどうにかしそうだが”とは言わない使い魔であった。


獣人族ビストは第五大陸に住んでいる種族であるな。かつて――むぅ。これも禁止事項か。大雑把に言えば、この国のある大陸に渡ってきた獣人族ビストがいて、その血を引いている者もいるのだ。その者は先祖帰りをするほど濃く血がでたのであろう』


「そういうことですの」


 おじさんが呟くと、副長がガバッと身体を起こした。

 

「あんたら、オレを見てなんとも思わないのかっ!」


「べつに、なにも思いませんわ。いえ、お耳を触らせてほしいというのはありますが」


 おじさんの言葉に弟妹たちも頷いている。

 

「耳……?」


「そう! そのもふもふのキツネ耳ですわ!」


 その真剣な表情で馬鹿なことを言うおじさんを見て、副長は声をあげて笑った。

 

「なんなんだよ。警戒してたオレがバカみたいじゃないか」


 シクステンは獣人族ビストの混血が住む村の出身である。

 その村では外の人間に正体を知られると、魔物として排斥されると教わるのだ。


 確かにそれと知らなければ、まちがわれてしまっても仕方ない。

 故に村では耳や尻尾を隠す擬態を徹底して教える。

 この大陸において希少な種族なのだから。

 

『むははは。キツネ小僧、我が主を見くびるでない』


「ゴトハルトは自分が信用できる者にしか副長を任せませんわ。それはあなたという人物が獣人族ビストであろうと変わりません。わたくしはゴトハルトを信用していますの。ならばあなたが何者であろうと信用できますわ」


「お嬢……様」


「そういうことだ。お前の種族のことは内密にしておくが、気にすることはない」


 隊長が言う。

 その言葉にシクステンは首を縦に振った。

 

「お嬢様、隊長、ありがとうございます。オレは……公爵家の騎士になってよかった」


 少しだけうつむき、顔をあげる。

 とてもいい笑顔であった。

 

「でも耳には触らせませんけどね!」


「なんでや!」


 絶望的な表情になるおじさんであった。

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