第154話 おじさんカラセベド公爵家の領地に行く


 おじさんの創作意欲が大いに満たされた夜のことである。 

 家族での食事を終えて、ゆっくりとしている父親に依頼のお薬を渡しておいた。

 国王用のお薬は母親の“そのお薬はふっかけておきなさい”との言葉もついてくる。

 その言葉にでも思いだしたのか、父親は顔を青くさせていた。


 ちなみに使用人たちには元気のでる飴も配ってある。

 今回は護衛につく騎士たちもいるので、そちらの分も考慮して多く作っていた。

 おじさんはに抜かりはないのだ。

 

 女性の使用人たちにはハンドクリームも追加で渡しておく。

 こうした細かな気遣いがデキちゃう系女子なのだ。

 おじさんは。

 

 数日は公爵家邸でのんびりと過ごす。

 その間に公爵家邸では、おじさんたちが領地へ行く準備を着々と整えていた。

 今回の護衛騎士たちは小隊規模になるらしい。

 

 どうやら新人の教育も兼ねているようで三十人前後だ。

 その選抜にやたらと気合いを入れる若者の集団もいたようである。

 なにせ憧れのお嬢様おじさんと一緒に旅ができるのだ。

 

 いつだって男という生き物は、女のために力を発揮する。

 ただ彼らには見えていない。

 お嬢様おじさんは高嶺の花すぎるのだ。

 彼らにはチャンスなど微粒子レベルでも存在しないのである。

 

 一方で滅多にないお嬢様おじさんとの旅行に側付きの侍女たちもそわそわしていた。

 各人についている者たちはいい。

 それ以外に選抜される人選で侍女長は頭を悩ませることになるのだ。

 なにせ同行したいと希望する者が大半なのだから。

 

「リーお嬢様!」


 カラセベド公爵家の前庭で騎士たちが整列する。

 騎士たちに対するのは、可憐な容姿をした超絶美少女おじさんであった。

 今日のおじさんはロングのプリーツスカートに、ふりふりの多いブラウスという軽装である。


 少しばかり暑くなってきたのだ。

 足下はサンダルなのだが、お洒落なデザインになっている。

 前髪をカチューシャを使ってあげていて、後ろはざっくりと編み込まれている髪型だ。

 と言うか、おじさんとアミラ、ソニアの三人が同じ髪型をしている。

 

「ゴトハルト・インニェストレームであります。此度の隊長を務めさせていただきます」 

 

 精悍な顔つきをした壮年の男性である。

 やや中年寄りで、おじさんも顔見知りの騎士だ。

 元は男爵家の三男で、公爵家の騎士としても信任が厚い。


 ただ顔がいかついのだ。

 特に右頬に走った四つの爪痕が歴戦の騎士という感じだ。

 

「こちらは副長を務めるシクステンです」


 隊長よりは年若で細身の男であった。

 鮮やかな緋色の髪が特徴だろうか。

 筋骨隆々の隊長とは、真逆と言えるほどの体つきである。

 

 パッと見た感じでは軽佻浮薄けいちょうふはくな印象だ。

 あまり騎士らしいとは言えない。

 どこか街角でナンパでもしていそうな優男である。

 

「シクステンは領地で採用された騎士でしてな。此度は案内も兼ねております」


 ぺこりと頭を下げる副長である。


「元は冒険者をしてい……おりました、シクステンです。よろしくお願いいたします」


 男性にしては少し甲高い声であった。

 ちなみに姓がないのは、世襲のできる爵位にはついていない証拠でもある。

 アメスベルダ王国では姓とは貴族に対する褒美でもあるからだ。

 

「ゴトハルト、シクステン。よろしくお願いしますわね」


 超絶美少女のおじさんが、ニッコリと微笑む。

 それだけで顔を赤らめるウブな騎士たちもいた。

 

「ではお父様、お母様、いってまいりますわ」


「うん、気をつけてね」


「少しばかり羽を伸ばしてらっしゃい」


 父親、母親と順に抱擁を交わして、おじさんは馬車にのりこむ。

 もちろん魔改造したゴーレム馬車である。

 ここ数日で動力になる部分を完全にゴーレム化したのだ。


 以前はゴーレムと言ってもなんちゃってであった。

 他の呼び方が思いつかなかったという理由もある。

 なにせ馬が曳いていたのだから。

 

 そこを完全に改良したわけだ。

 おじさんの錬成魔法がまたもや炸裂したのである。

 

 馬と似た擬似的な魔法生物を作り上げたのだ。 

 快適性はそのままに。

 そして走破性を高くしたのだ。

 

 こうしておじさんたち一行は、領地へむけて出発したのである。

 

「ねえさま」


 とソファの上で妹が問う。

 

「この馬車、ぜんぜん揺れないね」


 妹の反対側でおじさんに寄りかかるアミラが“ん”と同意する。

 答えようとして、おじさんは目を見開いた。

 

 妹の手には小さな黒銀色のスライムがいたからだ。

 

「ソニア、シンシャを持ってきたの?」


「ついてきたの」


「ついてきた?」


「姉様、シンシャが分裂してたのを見たよ」


 弟が報告してくれる。

 

「分裂?」


「うん、うににってなってポンって」


 弟の手振りを交えた表現の仕方に妹たちが笑ってしまう。

 

「うにに、ポン!」


 アミラが真似をすると、今度は弟も笑う。

 賑やかな旅路の始まりであった。

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