第153話 おじさん国王むけのお薬も作る
乳児は自我薄く、感情に振り回されてしまうものだ。
そのため感情の高ぶりで、魔力が暴走することがある。
魔力は誰しもに備わっているものだが、魔力が強いお子さんだとその脅威が増す。
つまり魔法に精通している者でないと、安全に育てられないのだ。
もちろん貴族家の乳母ができる者は限られる。
なにせ魔法に精通しているという条件があるのだから。
だが、それでも対応できる上限というものがある。
おじさんは規格外としても、公爵家のお子さんたちはその上限を突破していたわけだ。
結果、母親は乳母を使わずに育てることにした。
だがそれは彼女にとっても楽しい記憶でしかなかったのである。
ちょっと部屋の空気がおかしくなったところで、トリスメギストスが雰囲気を変える。
『御母堂、その黒銀のスライムは使い魔にもなっておる。産まれたばかりであるから、まだ知能は低いだろう。だが育てていくと強くなると思われる』
“ほおん”と母親の目が輝いた。
「それってどのくらいになりそうなの?」
『うむ。新種の魔物であるのでな、正直なところ我にもわからん。ただ……主が関わっておるからな、とんでもないことになるやもしれん。なので細心の注意を払ってほしい』
「まぁなんとかなるでしょ。使い魔ってことは私の言うことは聞いてくれるんでしょ?」
『その辺りは大丈夫であると思うが、意思の疎通はどうであるか?』
トリスメギストスの言葉に従って、母親は掌で跳ねている黒銀のスライムの名を呼ぶ。
「シンシャ」
その瞬間、跳ねるのをやめてプルプルと震える。
なんだかかわいらしい反応だ。
「うん、大丈夫っぽいわね」
『ならば後は御母堂が……』
トリスメギストスの言葉をさえぎるように、黒銀のスライムが形を変える。
それは人間の唇のような形になり、“テケリ・リ、テケリ・リ”と小鳥のようにさえずるのであった。
「あら、かわいらしいわね」
「トリちゃん! スライムなのにしゃべりましたわ!」
『うむ。どうやら思っていたよりは知能が高いようであるな』
「わたくしも作りたいですわ!」
『主よ、それはやめておいた方がいいと思うぞ』
おじさんはトラブル体質である。
特にこういう張り切っているときは危ない。
絶対に斜め上のことが起きる、とトリスメギストスは確信していたのだ。
「もう素材が残ってないわ。また次の機会になさいな」
母親の言葉に頷くおじさんであった。
「あ、そうだ! リーちゃん、忘れていたんだけどお願いがあるのよ」
“テケリ・リ、テケリ・リ”とさえずるスライムをなでながら母親が言う。
「なんでしょう?」
「昨日ね、姉様に頼まれて我が家の秘蔵の精力剤を渡したのよ。あれって効果はてきめんなんだけど、使い終わった後の消耗がスゴいの。だから陛下に疲労回復のお薬を作ってあげて欲しいのよ」
「あの……大丈夫なんですの?」
おじさんが心配するのは無限ループだ。
一時的に精力剤でブーストして、いつも以上に消耗する。
その消耗もお薬で回復させる。
また精力剤を使う、というループだ。
「大丈夫だと思うわ。姉様には三本しか渡してないから限度はあるわ」
「なるほど。ではそのお薬も作っておきましょう」
「悪いけどお願いね。お薬の分は値段をふっかけるようにスランに言っておくわ」
酷いマッチポンプを見た気分になるおじさんであった。
否、この場合はしたたかと言うべきか。
と、母親は新しく使い魔になったシンシャを連れて部屋をでていく。
どうやら色々と試したくて、うずうずしているようだ。
「トリちゃん、疲労を回復させる魔法薬のレシピを」
『うむ。身体に悪い影響がでない範囲で作用の強いものとなると……アヤイワースカの樹液とバントゥーの果肉、ジャルジュの乳で作れるアムリタがあるぞ』
「そんな希少な素材はありませんわ!」
『ならば……』
おじさんはトリスメギストスと魔法薬の作成に没頭するのであった。
生産系のお仕事をしているおじさんの集中力はスゴい。
具体的に言うと、周囲の音がまったく聞こえなくなるほどだ。
完全に自分の世界に入ってしまう。
それがついやり過ぎてしまう原因なのだが、おじさん自身に気づく様子はまったくなかった。
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