第152話 おじさんと母親は新種の生き物を作ってしまう
「できちゃったわ」
「やりましたわね!」
似た者親子の母と娘がハイタッチをする。
二人の前には魔法水銀で作られた疑似魔法生命体が、球形の身体を上下に伸縮させていた。
前回の反省からサイズは掌大。
現在の見た目は光沢のある黒いスライムだ。
ところどころで銀色の輝きが見えるのは魔法水銀の名残だろう。
なんだか色々といじっていると、色が変わってしまったのだ。
ただし、これはこれでおじさんの理想に近い。
「ではお母様、所有者登録をお願いしますわ」
「血を一滴たらせばよかったのよね?」
こくん、と頷くおじさんである。
最初はおじさんが所有者登録をする話になっていたのだ。
しかし領地へとむかうのなら、家の守りは万全にしておきたい。
そこでおじさんは“お母様が主導で作ったのですから”と遠慮したのである。
思いきりのいい母親は小さな魔法を使って親指をスパッといく。
黒銀色のスライムは、その指に目がけて身体を伸ばした。
血を吸収して、すぐに離れると母親の指の傷がなくなっている。
治癒? とおじさんが疑問を感じていると母親が声をあげた。
「いい子なのね、あなたは」
「お母様、名前をつけてあげたらどうです?」
「そうね。なにかいい名前はあるかしら」
と首をかしげる母親であったが、すぐにおじさんを見た。
「リーちゃんがつけてあげなさいな。あなたもこの子の親なんだから」
“いいのですか?”とおじさんが問うと、母親は大仰に首を縦に振った。
「ではシンシャというのはどうでしょうか?」
シンシャ。
漢字にすると辰砂となる。
不老不死の妙薬と信じられていた鉱物で、水銀の原料のことだ。
また錬金術における賢者の石ともされる。
「いいわね。シンシャ、あなたはシンシャね!」
母親が両手で黒銀のスライムを持ち上げるとペカーと光る。
使い魔契約が起こったのだ。
ただし見た目はなにも変わっていない。
若干だがサイズが大きくなっただろうか。
「少し予想外のことが起こっていますわね」
おじさんが疑問を口にした。
「確かにそうね。擬似的な魔法生物だったのに使い魔契約ができるなんて」
「こういうときは出番ですわよ!」
先ほど送還したばかりのトリスメギストスを再召喚するおじさんであった。
ピカピカと光る魔法陣から
その様子を見て、母親の掌でポヨポヨと跳ねるシンシャ。
『主よ……その黒いスライムはなんなのだ?』
「それを聞きたくてトリちゃんを喚んだのですわ」
とおじさんは魔法水銀を使って擬似的な魔法生物を作ったことを説明する。
『魔法水銀に宝珠……それに豊富な素材を使って錬成したわけか。恐らくだが主よ、そのスライムは新種の魔物であるぞ』
「擬似的な魔法生物ではない、と」
スライムやゴーレムなどのい総称が魔法生物になる。
これらを擬似的に作りだすの技術をおじさんは復興させたわけだ。
野生の魔法生物との違いは魔力にある。
自ら内包する魔力を持つのが魔法生物で、外部から魔力を供給されるが擬似的な魔法生物だ。
おじさんと母親が作りだした黒銀のスライムは、なぜか魔力を内包している。
『そもそもいかに宝珠を錬成時に組みこもうが魔力を内包するなどありえんのだ。それは――』
トリスメギストスの声が聞こえなくなる。
『禁止事項に触れてしまったようであるな。主よ、これは神々が定めたものだから我にはどうにもできん。詳しいことは言えんが、原因として考えられるのは、やっぱり主だな』
「なぜ!?」
『主の魔力は既に人間の枠を超えておると言ったはずだが、どうやらその様子では忘れておったようであるな』
“ぐぬぬ”と愛らしい顔を歪めるおじさんであった。
『御母堂は驚かんのだな』
トリスメギストスが母親にむかって声をかける。
「リーちゃんの魔力のことかしら? そんなのいまさらよね」
「お母様!」
問題児みたいに言われて、おじさんちょっと声を荒げてしまう。
「だってリーちゃん、産まれたときから魔力量がおかしかったんだもの」
「はへ?」
「うちに乳母がいないのおかしく思ったことはない?」
そう言えばである。
アメスベルタ王国貴族の子の養育には乳母がつくものだ。
しかしカラセベド公爵家には乳母がいない。
おじさんはなまじ前世の記憶があるから、それが普通だと思っていたのだ。
だが普通ではないことだと、気づかされてしまう。
「リーちゃんの魔力が強すぎて誰にも頼めなかったのよ。メルテジオもソニアもリーちゃんほどじゃないけど魔力が強かったから大変だったのよね」
色々と苦労をかけていたのを、今さら知るおじさんであった。
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