第149話 おじさん長期休暇の間の予定が決まる


 おじさんが邪神の信奉者たちに対する有力情報を掴んだ夜のことだ。

 公爵家のタウンハウスに帰ってきた父親は、サロンに集まった皆の前で言う。

 

“休暇の期間中、リーは弟妹たちを連れて、領地に行ってみてはどうだい?”と。


 おじさんからもたらされた情報で、邪神の信奉者たちが関わっているのがほぼ確定した。

 げっそりとした顔で、“さすがリー!”と拳を握っていたのは国王その人だ。

 

 王妃毒殺未遂の件から、いくらかの時間は経っている。

 しかし暗部からあがってくる情報の中に決定的なものはなかった。

 

 そこへきてのおじさんからの情報である。

 トリスメギストスの権能によって知り得た魔紋という情報。

 それは邪神の信奉者たちに伝わる秘蔵のアイテムだったのだろう。

 

 さらに敢えて耳飾りを王太子に返し、泳がせることで邪神の信奉者たちをあぶりだそうという作戦だ。

 もちろん魔紋はおじさんの手によって無害化している。

 作戦が巧くいけば、邪神の信奉者たちの有力な情報も手に入るはずだ。

 

 王太子もまた悪辣な輩が用意した古代の魔道具による影響でおかしくなっていたと言える。

 責任がゼロになるわけではないが、随分と軽減できるだろう。

 また巧くいけば、自らをおとりとして邪なる一団をあぶりだしたことも功績になる。

 廃嫡や王太子の座を返上などをせずにすむかもしれない。

 

 もちろん今後の王太子の言動も重要になってくるだろう。

 それでもお家騒動の芽を摘むための自裁、という最悪の選択肢は避けられる公算が大きい。

 

 もう王家はおじさんに足をむけて寝られないとまで国王は考えている。

 

 一方でおじさんの父親は思うのだ。

 王妃の件、王太子の件どちらも搦め手である。

 こうした陰湿なやり口をする者たちは手段を問わないことが多い。

 だから、おじさんを遠ざけておきたかったのだ。

 

 どんなに優れていたとしても十四歳の超絶美少女である。

 陰湿な手段を平然ととってくる連中の相手などさせたくないのだ。

 過保護だと言われようとも、父親はおじさんたち子どもを守る気でいた。

 

 だからこそ領地へ行かせようと思ったのである。

 そしてその間に、王都に巣くう邪神の信奉者たちを排除する、と強く決意していた。


 既にとっかかりはできているのだ。

 なぜなら耳飾りは王太子に、王妃から返された。

 そのときに“教育係のノートン卿からもらったもの”との言質をとったのだ。

 暗部も既に調査を始めている。

 

「それはかまいませんが……」


 と、返答しつつおじさんは自分がいなくなった公爵家邸のことを考える。

 公爵家邸には守護者として、猫の精霊獣であるケット・シーと、犬の精霊獣であるクー・シーがいる。

 おじさんの使い魔たちは、召喚されっぱなしだ。

 

 ふだんは公爵家のマスコットとして可愛がられている。

 が、おじさんから頼まれた仕事はきっちりとこなしているのだ。

 悪意をもって近づく者を察知し、ときには取り押さえることもある。

 

 特に黒い犬であるクー・シーは、護衛騎士たちからの人気も高い。

 ぬいぐるみのような猫の姿をしたケット・シーは、女性陣たちのアイドルだ。

 主にソニアにくっついているが、しっかりと邸の中を見回っている。

 

 なら問題はないかな、とおじさんは思った。

 領地に行くのは初めてのことだ。

 ならば準備することもあるだろう。

 

 そして薔薇乙女十字団にも告げておく必要がある。

 やることリストを頭の中で作成しつつ、おじさんはひとつの問題を思いだした。

 

「お父様、ボナッコルティ卿からの依頼があるのですが、どういたしましょう?」


“ああ”と父親が声をあげる。


「水虫の薬を頼んでいると言っていたな。リー、そちらはすぐに片づくのかい?」


「約束の素材も運ばれてきましたし、問題ありませんわ」


「では先に魔法薬を作ってくれるかい? おっと水虫の薬なんだけど、義父上にも用意しておいてくれるかい?」


「かしこまりましたわ。 お父様は大丈夫ですの?」


 ははっと軽く笑う父親である。

 

「まだそんな年齢としじゃないよ。痒くなってないからね」


 その返答になにかおかしいと思うおじさんであった。

 

「痒くなってないって言い方、なにかしらの症状は出ているのですか?」


「い、いやべつに、なにもないよ、うん」


 しどろもどろになる父親である。

 

「お父様、指の間が白くなっていたりしませんか?」


「え? う、うん。ちょっと! ほんのさきっちょだけ! でも水虫じゃないよ!」


 水虫になると、奥方や娘に嫌われる。

 そんな話が王国貴族の間では常識のように言われているのだ。

 なので父親としては大ピンチだった。


 父親の表情を見て、おじさんはこれ見よがしに大きな息をはく。

 

「リーちゃん! スランの分も用意しておいてね」


 目線をそらす父親の様子を見た、母親からおじさんに声がかかった。


「かしこまりましたわ」


 にっこりといい笑顔で返答するおじさんとは対照的に、絶望的な表情になる父親であった。

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