第148話 おじさん有力な情報を手に入れる


 少しだけ時を戻そう。

 王太子をきゃいんと泣かせたあと、おじさんが公爵家邸に帰ると王妃がいた。

 そしておじさんを見ると抱きついてきたのだ。

“ごめんなさい!”と、言いながらわんわん泣くのである。


 そのことに戸惑ってしまうおじさんであった。

 だが母親から理由を説明されて理解したのである。

 

「いくら私でも王都を燃やしたりしないわよ」


 と笑う母親は続けて問う。

 

「リーちゃん、ぶっ飛ばしてきたのよね?」


 こくりと頷くおじさんであった。

 

「よし! ケガは?」


「かすり傷ひとつありませんわ!」


「うん! さすがリーちゃん!」


 親子の会話を見て、王妃は思った。

 もしかすり傷でもつけていたら、どうなっていたのだろう、と。

 いや怖いことは考えまい。

 我が子のふがいなさに腹も立つが、姪っ子の頼もしさに涙腺がゆるむのであった。


 そして王妃はある決意を胸に、妹から秘蔵のお薬をもらって帰るのである。


 王太子との波乱から明けて翌日のことだ。

 公爵家邸の自室におじさんはいた。

 

 お気に入りのチェスターフィールドのソファに座りながら、“ううん”と首を捻る。

 おじさんが見ているのは、王太子の落とした耳飾りだ。

 あの場ですぐに返すべきだったのだが、聖女のセンシティブな部分が爆発した。

 結果として、返すタイミングを逃してしまったのだ。

 

 ただこの耳飾り、なにか気になるのだ。

 

 形としてはシンプルなものである。

 男性がつけていてもおかしくないカフスタイプだ。

 

 ただ表面に彫りこまれている紋様が気になる。

 おじさん的にはトライバルデザインっぽく見えるのだ。

 そこに何かしらの意味がありそうだと、直感が告げている。

 

 悩んでいても仕方がない、とおじさんは使い魔を召喚した。

 便利なお助けアイテムであるトリスメギストスだ。

 こういう知識を問う系にはめっぽう強いのである。

 

『主よ、我の出番が少ないのではないか?』


「そんなことよりも、こちらを見てくださいまし」


『そんなことって……んん? これは……』


 と革張りの表紙につけられた宝石がピカピカと明滅した。

 

『ほう。これはまた懐かしいものを。主、どこで手に入れたのだ?』


 王太子が身につけていたものだと答えるおじさんである。

 

『なるほど。ではあの小僧はこの耳飾りの影響を受けていたのか』


「なにか知っていますの?」


『この耳飾りに彫られている紋様は魔紋であるな。魔導帝国よりも前の時代にあったものだが……むふふ、主よ、これは面白いことになるかもしれんな』


「魔紋ってなんですの? もっと詳しく」


『その昔、魔族と呼ばれた邪神の信奉者たちが作りだしたのが魔紋だ。この紋様によって効果は様々でな、身体能力を高めたり、治癒能力を高めたりとな。色々と活用しておったよ。よく使われていたのは、魔紋を身体に彫り入れる方法だ』


「邪神の信奉者たち……」


 その言葉には聞き覚えがある。

 王妃の一件に絡んでいたと思われる連中だ。

 

『この耳飾りのように道具に魔紋を彫っても作用するのだが、効果は弱くなるのだ』


「どういう効果か解析できますの?」


『この耳飾りの紋様は負の感情を刺激するものだ』


「負の感情を刺激する……」


『あの小僧であるのなら、主に対する劣等感でも刺激されたか』


 おじさんは顎に指をつけて沈思する。

 劣等感か、と。

 

「でも殿下は状態異常を防ぐ魔道具を身につけているはずですわ」


『先ほど効果が弱くなると言ったであろう?』


 表情があれば、にちゃあとした笑顔をうかべていそうな声音であった。

 

『それは状態異常を引き起こすほど強い効果があるわけではない。ただ心の奥にあるものを刺激するだけであるからな』


「洗脳や魅了なんかのように外部の力で強制的に状態が変化させられたのではない、と」


『自発的に変わっていくのだから、状態異常には含まれん』 

 

 自分よりも上の存在がいる。

 その存在は自分になびかない。

 だからこそ敵視した。

 そして知れば知るほど、自分よりも上の力を持つことを理解させられてしまう。

 

 またその存在が婚約者であったことも悪かった。

 自分よりも優れた者が将来の王妃となる。

 であるのなら自分よりも王妃の方が人気になるかもしれない。

 

 そうした劣等感からくる妄執が増幅されたのだ。

 結果として、おじさんに対して理不尽なまでの対抗心が育ってしまった。

 そして頭がきゅうっとなって、決闘を申しこんだのだ。

 

 際限なく膨れ上がっていく胸の裡にある思い。

 それらを含めて、おじさんは粉々にしたのだ。

 だから耳飾りの呪縛から逃れられたのだろう。

 

 まさに怪我の功名であった。 


 待てよ、とおじさんは思いつく。

 この状況を逆手にとれば、王城に巣くう邪神の信奉者たちをあぶりだせるのでは、と。


「トリちゃん、この耳飾りに細工はできますの?」


『うむ。主であれば難しくない』


「では魔紋とやらを教えてくださいな」


『むふふ。主よ、任されよ!』


 こうして王太子の耳飾りは魔改造されることになったのである。

 デキる使い魔であるトリスメギストスの思惑のとおりに。

 しかもパッと見たデザインは変わらない小細工までした。


「さすがトリちゃんですわ! お手柄です!」


『そうであろう、そうであろう! 我はデキる子なのだ!』


 おじさんは父親に魔法を使って手紙を書いていく。

 王太子の耳飾りを同封し、それを使ったあぶりだし作戦も伝えておいた。

 ちなみに魔紋については、デキる使い魔に細かい部分も聞き取り済みだ。

 その内容も報告書として添付するのであった。

 

 すべての準備を整えてから、父親へ小鳥の式神を飛ばした。

 

 おじさんからの報せは、父親から国王と宰相に共有された。

 王太子は邪神の信奉者たちの奸計に陥っていたのである。

 

 それは国王にとっても朗報であった。

 王太子の処分について、減免の考慮ができるからだ。

 でも……もうちょっとだけ早ければ、とげっそりした顔で昨夜を思わずにいられない国王であった。

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