第147話 おじさんが蚊帳の外の話・下


 ランプの明かりが灯された薄暗い執務室の中、国王と王妃が対面で座っている。

 

王太子キースのことで悩んでいるのでしょう?」


 ああ、と国王はわずかに酒臭い息を吐く。


「あれがあのようなことをしでかすとは」


「処分されるのですか?」


 王妃が真っ直ぐに国王を見て問う。


「そなたには嘘はつけんな……迷っておるよ」


 王妃の言う処分とは自裁である。

 定番なのは毒杯を煽ることだろう。


「そう……」


“ならば”と王妃は隠し持っていた小瓶を机の上に置く。

 ランプの明かりに照らされた小瓶の中には、毒々しい紫色をした液体が入っている。


「これは……」


 自裁用か、とは聞けない国王であった。


「あなた、それを飲んでくださいな」


「ん?」


“どういうことだ”と国王は思う。

 そんな国王の表情を見て察したのか、王妃は小瓶の正体を明かした。


「それは……精力剤ですわ!」


「は?」


 なぜ? と国王が疑問に思ったとき、王妃がグッと間を詰めてくる。

 あててんのよ、という状況だ。


「もう一人、子を作りましょう」


 国王夫妻には王太子以外の子がいない。

 それは兄弟がいれば、継承権で揉めるかもと危惧した側面もなくはない。

 王国の歴史でも継承権を巡って骨肉の争いが起こったケースはある。

 

 その直近の例が国王の父親だ。

 結果的に先代の国王は勝ち残ったが、敗れた兄弟を処分せざるを得なかった。

 そうした話を聞いて育ったからこそ、自分たち兄弟は継承権を争うことはなかったのだと思っている。


 なのではっきりと意識はしないもの、どこか子を作るのを恐れていたのだろう。

 そのせいで王妃には辛い思いをさせたのかもしれない、と国王は思うのだ。


「え? アヴリル?」


 ただ国王からすると、このタイミングでと思わなくもない。

 まだどんな処分をするのか決定していないからだ。


「私にだってわかります。キースがしでかしたことの大きさは。なので良くて廃嫡でしょう。その後には排除されることだってありますわ。だったら、もう一人の子を作りましょう。自分の子に王位を継がせたいだとか、そんなのものはどうでもいいのです。この国にはリーちゃんがいますしね。ただ、子がいなくなるのは寂しいのです」


 そこまで言い切って、王妃は小瓶の蓋を開けた。

 鼻をつくような強烈な臭いがする。

 

「さぁ! 飲んでくださいまし! ヴェロニカからもらった魔法薬です。効果は折り紙つきですわ! さぁ!」


 怖い、と国王は思った。

 それに男というのは、露骨にされると引いてしまうものだ。


「いや、今日はちょっと遠慮したいかなあって」


「なにを言うのです! 男たるものここぞというときは、女の望みを叶えるものですわ! あなたはいつからそんな甲斐性なしになったのです! いざゆかん、楽園ヴァルハラへ!」


 王妃が国王の首になまめかしく手を回す。

 その細腕には万力のような力がこめられていた。

 蛇に睨まれた蛙になった国王である。

 

「さぁ、ひと息に!」


 唇を割るように瓶の口をあてがわれる。

 すると臭気が鼻に入ってきた。


“ぶほっ”と息を吐いてしまう国王である。

 その瞬間に紫色の液体が口の中に浸入してきた。

 

 舌が裂かれるような苦み。

 そして強烈な悪臭に眩暈がする。

 思わず、吐き戻そうとしたが無理だった。

 王妃に背中をドンと叩かれた拍子に、“んぐ”と飲みこんでしまう。

 

「飲みましたわね!」


 返事の代わりに、げほげほと咳きこむ国王である。

 

「宴の始まりですわよ!」


 王妃がドレスの肩紐を外す。

 その目は獲物を狙うドラゴンのようであった。


「いやッアアアアアアアアアああああああ!」


 以降、王城では亡霊の嘆き声がする日があると、まことしやかに噂が立つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る