第146話 おじさんは蚊帳の外の話・上


 おじさんと王太子の模擬戦が決着したその頃。

 王城では関係者を集めた大会議が開かれていた。

 

 婚約者に決闘を申しこむ。

 そんな前代未聞なことをしでかした王太子の処遇についてである。


 ついでに言えば、取り巻きたちの親たちも呼ばれていた。

 こちらはもう早々に決着がついていた。

 全員まとめて廃嫡である。


“縁切りじゃあ!”と声を荒げた者もいたが、その意見は却下された。

 誰が面倒を見るのだという話だ。

 厄介者を放逐されても困る。

 

 で、問題の王太子である。

 廃嫡にするのはたやすいことだ。

 しかし問題があった。

 それは王と王妃の間には、彼以外の子がいない。

 

 つまり廃嫡とすれば、跡継ぎがいなくなる。

 そうなると継承するのは、おじさん一家が有力になるのだ。

 なにせ現在の当主は、国王と同腹の王弟である。

 

 おじさんか、弟。

 あるいは妹が対象となる。

 

“もうリーでいいんじゃね?”的な乱暴な意見もあった。

 それに賛同する者も少なくないのが、おじさんの人気を示している。


 とは言え、おじさんと王太子は婚約者でもあるのだ。

 王太子が廃嫡ともなれば、必然的に婚約も解消されることになるだろう。

 では、誰がおじさんと結婚するのだ、となる。

 

 うっすらと青みがかった銀髪にアクアブルーの瞳をした超絶美少女。

 そんなおじさんが婿をとり、王配とするのは誰なのだ。

 王太子の取り巻きたちという、有力貴族の子息はまとめて廃嫡なのである。

 となると候補を選定するのも一苦労だ。

 

 であれば、おじさんではなく弟にするかという者もいる。

 弟の方であれば、まだ婚約者も決まっていない。

 おじさんか妹が公爵家の当主となれば問題もないだろう。 

 

 さすがにおじさんの妹を候補にするには、まだ幼すぎる。

 

 では廃嫡ではなければどうだろうか。

 例えば王太子の座を返上させるのである。

 そうすれば一旦は問題を棚上げにできるだろう。

 

 だが将来的にはどうだ。

 王太子が心を入れ替えたとして、である。

 貴族たちは自分が担ぐ神輿として認められるのだろうか。

 

 王とは象徴である。

 若さからくる過ちとは言え、今回のことは重すぎるのではないだろうか。

 泥にまみれた神輿を担ごうという者たちはいるのか、ということだ。

 特に事情を知る同級生は、心の底から信頼するのは難しいはずである。

 

 そもそもの話。

 廃嫡というものは古来からお家騒動の原因になるものだ。

 ならば禍根を断つ意味でも、王太子は排除すべきなのか。

 

 今代の国王であれば、国のためなら息子の処分もためらわないだろう。

 だが親として見ればどうだ。

 泣く泣く子を処断することで歪むことはあるのだ。

 

“まったく面倒なことをしてくれた”と、会議に参加している誰もが思うのであった。


 会議は踊れど、決まったことは少ない。

 取り巻きたちの廃嫡。

 そして、とりあえずの処置として、王太子の蟄居ちっきょであった。

 学園の休暇中には、再教育も施される。

 

 その日の夜。

 国王は執務室にて、一人で頭を抱えていた。

 なぜ、という疑問がとまらないのだ。


 息子は優秀であった。

 個人の能力だけを見れば、充分に王足り得ると思っていたのだ。

 

 確かに愚かな側面もあった。

 考えが浅く、心にある言葉を口にしてしまう。

 それらは年齢を重ね、経験を積むことで解消できると考えていた。

 

 欠点もあるが、十四歳という年齢を考えれば十分なデキだと思っていたのだ。

 

 しかしである。

 ここまで考えがないとは思っていなかった。

 そんな者に王太子の座を与えたのは自分である。

 

 平たく言えば、任命責任を感じていたのだ。

 執務室の机に隠してある、酒精の強い秘蔵の古酒をグラスの半ばまで注ぐ。

 グッとひと息で煽って、大きく息をはく。

 

 思えば、自分も父親との接点は薄かった。

 王族とはそんなものだとも思っていたが、もっと子を見るべきだったのだ。

 日頃の忙しさに加えて、教育係に多くを投げてしまった。

 

 言い訳になるのだろが、教育係からの報告もしっかり聞いていたのだ。

 その上で教育係の所感なども聞いた上で王太子とした。

 

 だが、それではいけなかったのだろう。

 もっと注意深く子を見守るべきだったのだ、と国王は考える。

 自らの父は病によって他界していたが、父はもっと自分を見ていたようにも思うのだ。

 

 また、国王の口から大きな息が漏れた。

 息子を処分すべきか。

 将来的な貴族家の感情を考えれば、処分した方がいい。


 お家騒動の種は詰んでおくべきだ。

 王としてはそれが正しい。

 だが親としての感情が、それを許さないのである。

 

 再度、グラスに酒を注ぐ。

 半ばまで煽ったところで、執務室の扉が開く。

 顔を見せたのは王妃であった。

 

「どうしたのだ、アヴリル」


 王妃の名を呼ぶ。

 ただならぬ雰囲気を感じたからだ。

 ふわふわとした雰囲気の王妃ではない。

 戦場へむかうかのような悲壮な顔をしていたのである。

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