第145話 おじさんの知らぬところで……


 少しだけ時間を遡る。

 王太子がおじさんに対して、決闘を申しこんだケンカをうったという一報が王城に届いたときである。

 小鳥の式神からの情報に、おじさんの父親はキレた。

 

「ぶち殺すぞ! クソガキがっ!」


 父親はおじさんのことを、心から愛している。

 そんな娘に対して決闘を申しこまれたのだ。

 立場を忘れて、完全に頭に血がのぼってしまったのである。


 いきなり弟が激怒した理由を知った国王もまたキレる。

 

「ふざけんな!」


 国王からすれば、だ。

 自分と弟は国を割らないために色々と手を尽くしてきた。

 弟は臣籍降下までして、王の座を譲ったのである。

 そんな弟の娘に対して決闘だと、という心境なのだ


 王と王弟の二人は城をでて、学園にむかおうとした。

 宰相はなんとか引き止めようと努力をする。

 学園長がいるんだから、決闘にはならないと言い含めながら。

 それでも決闘だと言うのなら、宰相は迷いなくおじさんの側に立とうとしていたが。


 男たちが騒いでいる理由を知って、王妃はカラセベド公爵家へと走る。

 あのおじさんの母親すえのいもうとがこれを耳に入れたとき、王都が廃都になるかもしれないと危惧を抱いたからだ。

 魔物の群れにむかって笑いながら禁呪をぶっ放す妹である。

 

 正直に言えば、なにをするのかわからない怖さがあった。

 だから王妃は万が一のときは、自分の命をかけようと覚悟を決めたのである。

 

 今代の王になって、初めての危機に王城はざわついていた。

 そんな折りに、学園長が王城へと到着する。

 

 関係者一同を集めて、説明会が開かれたのであった。

 こうして王太子の巻き起こした騒動は大人たちの手に委ねられたのである。

 

 閑話休題それはさておき

 

「まったくもう! 失礼しちゃうわね!」


 聖女がプリプリと怒りながら、王太子の治癒を続けざるを得なかった。

 

 怒りの鉄拳を食らった王太子は、盛大に鼻血を噴き上げたのだから。

 その光景を見て、取り巻きたちが駆けよってきた。

 

「よせ、オレが悪かったのだ」


 そんな言葉を取り巻きたちにかける王太子である。

 張りつめていた表情が和らいでいる――と取り巻きたちは思った。 

 

「殿下がそう仰るなら」


 赤を筆頭に取り巻きたちは引き下がる。

 しかし舞台からは降りないようだ。

 聖女を取り囲むように立ち、無礼を働かないように監視するつもりである。

 

「はい。これで終わり」


 しばらく治癒魔法を使っていた聖女が声をかける。

 

「ありがとう、エーリカ」


「どういたしまして」


 と二人は同時に立ち上がった。

 

「殿下!」 


 青が声をかける。

 

「大丈夫だ。オレにはやらねばならんことがある」


 その足取りはしっかりとしたものだった。

 むかう先は舞台の外で、御令嬢たちと談笑するおじさんである。

 王太子たちが舞台を降りて、近づくと明らかに警戒した様子を見せる御令嬢たち。

 

 そんな御令嬢たちをかばうように、スッとおじさんが前にでてきた。

 

「エーリカ、もう大丈夫ですの?」


「聖女の治癒魔法よ! ばっちり!」


 そんなやりとりの後で、おじさんは王太子を見た。

 

「何用ですか、殿下」


「すまなかった!」


 おじさんの言葉に王太子は頭を下げた。

 

「お前には迷惑をかけた、このとおり詫びを入れよう」


 そんな王太子の姿に驚くおじさんであった。

 聖女の方を見ると、頷いていた。

 

「わかりました。此度の謝罪をおうけします。ですが、次はありませんわよ」


「ああ、わかっている。本当にすまなかった。謝って許されることではないと思う。だが……」


 と王太子は取り巻きたちを見る。

 

「この者たちの非礼もすべてオレのため。許してやって欲しい、頼む。リー、お前が望むなら王太子の座を譲ろう」



「そんなもの、か」


 王太子の座。

 勝手に移譲できるものではない。

 だが王である父に、直訴しようと考えていたのである。

 しかし、おじさんは一切の興味を示さなかった。

 

 自分がこだわり続けたものには価値がないと言わんばかりだ。

 少し前までなら、烈火のごとく怒りを覚えていただろう。

 だがへし折られたことで憑き物が落ち、大きな変化があったのだ。

 

「リー、お前はな」


 王太子の言葉に反応したのは聖女だった。

 

「どーせ私はちっさいわよ! ふざけんなっ!」


 ナイーブになっていたのだ。

 意中の男といい感じになっていたのに、身体的特徴のことで水を差されたのだから。

 そんな聖女の乙女心は熾火のように静かに燃えていたのだ。


 もちろん王太子は器の大きさのことを言ったのだ。

 だが神経質な受験生の前で言う、“すべる”・“落ちる”と同じである。

 センシティブな聖女の乙女心の前では禁句なのだ。

  

「ち、ちがっ……おうふ!」


 聖女の金的蹴りが王太子に決まった。

  

「失礼しちゃうわ!」


“殿下!”と取り巻きたち。

 ぷんすか怒る聖女。

 

 そんな一幕を見て、おじさんは声をあげて笑ったのだった。

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