第144話 おじさんナイスなパスをする


「殿下っ!」


 王太子の取り巻きたちが舞台に上がり、駆けよってくる。


「そこまでしなくてもいいだろうが!」


 赤が大声をあげて、おじさんに掴みかかろうとした。

 そんな赤にワンパンを入れる。

“あふん”と赤が崩れ落ちた。


 そこまでしなくてはいけなかったのだ。

 おじさんとて、好き好んでやったわけではない。

 格闘にしても魔法にしても、王太子をへし折ると決めたのだ。

 

 王太子にとっては苦い思いだろう。

 なにせこれまでの人生で培ってきた自信を打ち砕かれたのだ。

 優秀だからこそ、傲慢になっていた。

 その傲慢さが肥大した自意識によって暴走したのである。

 

 だから、おじさんはへし折った。

 傲慢の根拠となっていた自信を。

 後のことは、もう知らん。


 だって、おじさんは婚約者だ。

 本来ならフォローするのも、おじさんの役目だろう。

 しかしその婚約者に決闘を申しこんだのだ。

 いくら中二病患者だとしても、さすがに気分はよろしくないのである。

 

 なので、おじさんは一計を案じることにした。


「殿下を医務室へ」


 動けなくなった王太子を運びだそうとする取り巻きたち。

 

「お待ちなさいな。今、動かすのは危険ですわ」


“エーリカ!”とおじさんは聖女を舞台に呼ぶ。


「殿下の治療をお願いしますわ」


 同時に取り巻きたちにむかって、“あなたたちは下がりなさい”と命令する。

 おじさんの妙な迫力に押される取り巻きたちであった。


「もう! 仕方ないわね!」


 言葉とは裏腹に、どこかデレっとした表情の聖女である。

 おじさんの意図を正確に汲んだのだろう。

 王太子の傍らに膝をつけると、聖女が治癒魔法を発動させた。


 その姿は正しく聖女のように見える。

 だらしのない表情を除いて。

 

 聖女が治療をする。

 その間におじさんは、男性講師を連れて舞台から降りようとして気がつく。

 王太子がつけていたであろう、耳飾りが落ちていたことに。

 それを拾ってから、男性講師と舞台を離れたのであった。

 

 つまり舞台の上で二人っきりの状態を作ったのだ。


 舞台を降りたおじさんは、駆けよってきたアルベルタ嬢に問いを投げかける。

 

「アリィ、エーリカはどうして殿下が好きなのかしら?」


 素朴な疑問であった。

 その問いに、アルベルタ嬢はくすりと笑う。

 

「先ほど、私たちも同じことをエーリカに聞きましたの」


「答えてくれましたの?」


 こくりと首肯したアルベルタ嬢が実にいい笑顔をうかべた。

 

「エーリカは自分がいないと、ダメな男が好きなのですって」


 聖女はまさかのだめんず好きであったのだ。

 

「なんでも“母性本能がくすぐられる”とか言ってましたけど」


 一拍あけて、アルベルタ嬢が言う。

 

「変わってますわよね」


 盛大に頷くおじさんであった。

 

 一方で聖女は王太子の手を取り、治癒魔法を使っていた。

 胡乱だった王太子の意識も戻ってきたようだ。


「せい……エーリカか。お前も……失望したのだろう?」


 はらはらと涙を落としつつ、王太子が問うた。


「失望? したに決まっているじゃない」


「あいつらも……同じなのだろうな」


「ふん! バカね。男ってのはね、恥をかいてなんぼなのよ! 最初っから最後まで完璧でいられる男なんていないの! 大事なことはね――」


 と言葉を句切ってから、王太子の目を見る聖女であった。

 

「――そこから逃げないこと。ちゃんと飲みこみなさいな。吐きだしたらダメだからね。今の悔しさも、恥ずかしさも丸ごとぜんぶアンタのもの。そうやって男ってのは器を大きくしていくの!」


 聖女の言葉に王太子は目を伏せる。

 

「辛いでしょう。悲しいでしょう。認められないでしょう。でも、そこから始まるの」


 握っていた手を聖女は自分の胸に抱く。

 

「私はあんたの側にいてあげる。だから辛いときは私に言いなさいな」


「でも……」


「ここを乗り越えたら、アンタはいい男になれる!」


「そうか……そうだな」


 次第に王太子の目に輝きが戻ってくる。

 

「ただ……先に言っておくわ。陛下も今回の件はお怒りになっていると思うの。恐らく廃嫡って話もでるでしょう。それもアンタがしでかしたことなんだから、しっかり責任とりなさいな」


 ふっと王太子が笑う。

 

「廃嫡……か。それもいいのかもな」


「あと、きちんとリーに謝りなさいよ。アンタが無茶やったんだから」


「……そうだな」


 王太子は超絶美少女のおじさんを思う。

 そして、口を開いた。

 

「ところで……エーリカ」


「なによ」


「そなたの胸は存外に硬いのだな。母上のはもっとこう……」


 ミシリ、と王太子の手がきしむ。


「あ゙? いまなんつった?」


「いや硬いのだ……」


「死ねっ!」


 聖女が放つ怒りの鉄拳が、王太子の顔を捉えたのであった。

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