第143話 おじさん王太子の心を折る


 一見すると、それはただの自爆攻撃である。

 だが王太子としては、きちんと考えた末でのことなのだ。

 

 あれほどの回避を見せられると、ふつうに攻撃をしても躱される公算が高い。

 ならばおじさんの想像にない攻撃をして、意表を突くしかないと考えたのである。

 その結果として、中距離からのドロップキックだったのだ。

 

 確かにおじさんの頭にない攻撃で間違いない。

 だがそれは選択肢として、悪手過ぎるという意味でだ。

 当然だが、黙って攻撃をうけてやるわけはない。

 

 おじさんはかよわい乙女なのだから。

 避けるに決まっている。

 

 そして自爆したのだ。

 狙いは悪くないが、考えが浅はかだったのである。

 

「ぐぬぬ。仕切り直しだ、いくぞ、リー!」


 立ち上がった王太子が、今度は真面目に遠間から蹴りをくりだす。

 それもおじさんにはわかっていた。

 半歩下がって躱してから、一足で間を詰めて王太子の軸足を刈る。

 

「足下がお留守ですわよ!」


 すてん、ときれいに尻餅をついた王太子を見下ろしながらの一言であった。

 

「まだだ!」


 立ち上がらず、おじさんに組みつこうとする王太子。

 それを苦もなく、いなすおじさんである。

 

 その様子を外から見ていた聖女が感想を漏らした。

 

「なんだかリーを押し倒そうとしているように見えるわね」


「でもまったく相手にされていないのです!」


「ここまでくると滑稽というよりも哀れに見えるわ」


 パトリーシア嬢とアルベルタ嬢の言葉に御令嬢たちが頷く。

 

「おおおおおお!」


 声をあげ、組みつこうとする王太子の顎にカウンターの一撃が決まる。

 膝をつき、四つん這いの状態で王太子は、ぶるぶると身体を震わせていた。

 

「もう終わりですの?」


「うるさい! まだ終わらん! オレは、オレは! 勝たねばならんのだ!」


 膝を震わせながら、立ち上がる王太子の姿に取り巻きたちの声が響く。

 

「殿下! もう十分です!」


 誰が言ったのかも、王太子には判別がつかなかった。

 ただ、彼らを見た。

 皆が一様に心配そうな表情をうかべている。

 

 その姿を見て、王太子は“ふっ”と笑った。

 

「大丈夫だ、心配するな。確かにリーは強い。それは認めよう。だがそれでもオレが負けるということは、この国が負けるということだ。お前らが負けるということだ。そんなことは断じて許さん。オレを信じるお前たちがいる限り、オレは何度でも立ち上がる! それが! この胸にある真っ赤な誓いだああああああ!」


 そしておじさんにむかって、ビシッと指をさす。


“かかってこいやぁ!”と王太子は吼えるのであった。


 取り巻きたちは感極まったのか、“殿下あああああ!”と叫んでいる。


「なにあれ? なんで自分たちが被害者ぶってるの?」


 アルベルタ嬢が鋭くつっこんだ。

 

「なんだか気持ち悪いのです!」


 パトリーシア嬢が辛辣な言葉を吐く。

 

「この流れだと、リーは魔王ラスボスってところね。いえ実力的には裏ボスの方かしら」


 聖女が小さく呟きながら、微笑ましいものを見たという雰囲気である。


 おじさんはと言うと、首を捻っていた。

 それは劣勢になっている方が言う台詞なのか、と。

 

「いくぞ、リー!」


 かかってこい、と言いつつ自分から仕掛ける王太子である。

 彼らが望むのは、ここからの一発逆転だ。

 しかし王太子たちの物語における魔王であるおじさんが付きあうわけもなかった。

 

 共感性羞恥とでも言うべきか。

 この一連の茶番に巻きこまれていることが、とても恥ずかしくなってしまったのだ。

 

 これまで後の先をとることはあっても、自分からは攻めなかった。

 そのおじさんが、攻めに転じたのだ。

 真正面から王太子にむかって歩くおじさんである。

 

 さすがに王太子も警戒をしたのか、足をとめてしまった。

 おじさんは間合いに入る、その一瞬だけ加速する。

 そして踏みこむ足先を曲げ、正面から入ると思わせつつ側面に回ったのだ。

 

 急加速からの方向転換に、王太子の目はついていかない。

 まるでおじさんが目の前から消えてしまったように感じてしまう。

 棒立ちになった王太子の側面から、さらに背後に回ったおじさんは膝裏に軽く蹴りを入れる。

 

 優しくない膝かっくんである。

 そして膝立ちになった、王太子の首元に手刀を添えるのだ。

 

「まだやりますの?」


 おじさんの問いに、“うううううう”とうなり声をあげる王太子だ。

 その様子を見て、おじさんはスッと手刀を下げる。

 

「次で幕引きとしましょうか?」


「リぃいいいいいいいいい!」


 王太子は泣いていた。

 生まれて初めての悔し涙である。

 顔をくしゃくしゃにしながらも立ち上がり、おじさんにむかって拳を振り上げた。

 

「心と意・意と気・気と力をもって内三合、手と足・肘と膝・肩と股をもって外三合。内外合一をもって心意六合となす!」


 王太子の拳の内側に入り、肘を使って王太子の拳を弾く。

 と同時に、反対側の肘で顎をかちあげるおじさんである。

 さらに肩からぶつかって弾き飛ばした。

 

 だが、そこで終わらない。

 おじさんは後ろへ倒れていく王太子の腕をとった。

 その反動で前へとくる王太子の胸に頭突きを入れるおじさんである。

 倒れていく王太子にむかって、さらに一歩踏みこむ。

 

「これで終わりですわ!」


 おじさんは王太子の土手っ腹に肘撃を加える。

 肘が深く突き刺さる勢いで。


 鬼畜のような近接連撃。

 体躯に恵まれた男性が使えば、一撃必殺の威力を秘めた技である。

 それを敢えて、おじさんは連撃にした。

 

 非力である女性の身体で使うのだから連撃としたのだ。

 

 どさり、と仰向けに倒れる王太子。

 既に身体に力は入っていない。

 完全に心が折れたようだ。

 

 ただただ声をあげずに泣いていた。

 

「勝負ありー」


 なんとも間の抜けた男性講師の声が響いたのであった。

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