第142話 おじさん王太子をわからせる・パート2


 おじさんの笑顔に女子から歓声があがる。

 そんな女子にむかって、小さく手を振るおじさんであった。

 

「貴様っ!」


 余裕の態度が癪に障ったのか。

 王太子が懲りずに間合いを詰めてくる。

 おじさんからすれば、ただ間合いを詰めるよりも工夫をして欲しいところだ。

 初級の魔法でもいいから牽制に使えばいいのに、と。

 

 だが頭に血がのぼっているのか。

 バカ正直に突っこんでくる王太子である。

 

 おじさんには女神が与えた数々の才能がある。

 だが最もチートなのは、もともとおじさんが持っていた観察眼だ。

 不幸な境遇を過ごしてきたけだけに、おじさんは他人を観察する術に長けていた。

 それができなければ死んでいたこともあったのだから。

 

 命がけで身につけた観察眼は、女神のチートによってさらに昇華していたのだ。

 相乗効果で倍率ドンの状態である。

 そんなおじさんの観察眼が最も発揮されるのは戦闘なのだ。

 

 ここ一連の流れを観察したおじさんは、既に王太子の動きを見切っていた。

 聖女の言うように、攻撃がくる場所を誘っていたのではない。

 王太子の身体の動き、姿勢、力の流れから、いつどんな攻撃がくるのか。

 すべて予測していたのである。

 

 怒りによって単調になった王太子の攻撃はなんの工夫もなかった。

 それに合わせるように、おじさんが掌底を放つ。

 振り下ろされる木剣に最高のタイミングで。

 

 ばきゃっという鈍い音が練武場に響いた。

 王太子の持つ剣が、束の部分を除いて砕けていたのだ。

 

「な!?」


 驚きとともに動きをとめる王太子。

 その隙をついて、おじさんは懐に潜りこんだ。

 同時に大きく踏みこむ震脚。

 震脚によって生じたエネルギーを、下腿から腰を使って余さず上半身へ。

 そして無防備になった王太子の腹に掌をそえる。

 

「覚悟なさいませ!」


 無寸勁。

 イメージはフィクションの通背拳である。

 おじさんの言葉の直後に、ドンと身体が弾ける王太子であった。


「ごふっ」


 と肺腑から息が漏れる。

 そのままゴロゴロと転がり、王太子は舞台の上で大の字になった。


“ぎゃあああ”と悲鳴に似た歓声が女子組からあがる。


 腹を打たれたのに背中が痛む。

 息を荒げ、王太子は思うのだ。

 

“負けられるか”と。


「まだ、だ。まだ終わってないぞ!」


 残る力を振り絞って立ち上がるのであった。

 

「さて、殿下。お次は魔法戦といきましょうか」


 立ってきて当然という表情のおじさんである。

 そして無慈悲な言葉を告げるのだ。

 

「その言葉にのってやろう!」

 

 王太子の突きだした手から火球が飛ぶ。

 悪くはない。

 その射出速度、大きさ、正確性。

 いずれをとっても一人前である。

 

 だが、対するのはおじさんなのだ。

 

 王太子の火球が同じ魔法で相殺される。

 火、水、土、風。

 いずれの属性の攻撃であっても、おじさんに同じ魔法で相殺されるのだ。

 数を増やそうが、なにをしようが同じであった。

 

 それは何を意味するのか。

 

 おじさんの観察眼によって、事前にすべての術式が見抜かれている。

 その上でより効率的に、よりスピーディーに発動して相殺しているのだ。

 

 いくら頭に血がのぼっていたとしても、王太子にもそれは理解できた。

 すべて真似をされた上で、一枚上をいかれているのだ。

 相対しているからこそ、痛いほどに理解できる。

 

 それでも。

 まだ心は折れていない。

  

「ならばっ!」


 王太子が自身の魔力を高める。

 そして上級の魔法を使おうとしたときであった。

 

「殿下、それはいけませんわ」


 おじさんが一瞬にして魔法を霧散させてしまう。

 巨大ゴーレムを操ったときと同じだ。

 遠隔による魔力の干渉を行なったのである。

 そして魔法を霧散させてしまった。

 

「なん……だと」


 おじさんによって、いともたやすく行なわれているが、実に高度な技なのである。

 魔力の干渉をはねのけることができなければ、魔法を封じられたも同然だ。

 

「まだやりますの?」


「まだだ!」


 そこで王太子は鎧を脱ぎ捨てた。


「リー、貴様が強いことは認めよう。だが、それでも負けるわけにはいかんのだ!」


 王太子がちらりと、取り巻きたちに目線をやる。

 

「あの者たちはオレを信じてくれている。その期待を裏切れん!」


 間合いを詰めてくる王太子であった。

 素手による格闘をする気なのだ。

 

「ご存分に」


 おじさんは自然体のままである。

 既に王太子の動きは見切っているのだ。

 いつでも模擬戦を終わらせることはできる。

 

 だがそれでは意味がないように思うのだ。

 なので最初から気のすむまで相手をしてやろう、と決めていた。

 

「おおおおお!」


 雄叫びをあげる王太子。

 間合いを詰めてからのドロップキックだった。

 

 なぜ? と思いつつも、おじさんは身を躱す。

 お約束のあるプロレスではない。

 いきなり大技をだしても当たるはずがないのだ。

 

 舞台の上に落下した王太子は、巧く受け身もとれなかった。

 そのため“うごご”と苦鳴をあげつつ、のたうっている。

 石造りの舞台なのだ。

 痛いに決まっている。

 

「……なにを、していますの?」


「う、うるさい!」


 なぜか顔を赤くして叫ぶ王太子であった。

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