第141話 おじさん王太子を翻弄する


 学園にある練武場。

 そこには天下一を決める武道会のような舞台がある。

 正方形の石を組み合わせて作ったものだ。

 一辺がだいたい二十メートルくらいだろうか。


 周囲には観客席まで設えてある。


 舞台の上には、男性講師が胃の辺りをさすりながら立っていた。

 結果など見るまでもない、と学園長は王城へとむかったのだ。

 結果、男性講師がここに立つことになってしまった。

 とんだとばっちりである。


 そこへおじさんと薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツの面々が姿を見せる。

 対面側の壁際には、王太子の取り巻き以外の男子組が揃っていた。


「リー様、本当にそのままでよろしいのですか?」


 アルベルタ嬢の問いに、おじさんはこくりと頷いた。

 

「当たらなければ、どうということもありませんわ」


 おじさんは制服のままだった。

 特に防具などをつけてもいないし、武器となるものも持っていない。

 まったく普段どおりの姿だったのだ。

 

「リーお姉さまにケガをさせたら、パティがやってやるのです!」


 なにを? とは聞けない。

 軍務系貴族の娘というのは、誰も彼もが好戦的なのだろうか。

 おじさんはそんなことを思いつつ、パトリーシア嬢の頭をなでた。

 落ちつかせようと思ったのである。

 

「大丈夫ですわ、パティ」


「お姉さま……」


 そこでスッと動いたものがいた。

 アルベルタ嬢だ。

 パトリーシア嬢の後ろにならんで順番待ちをする。

 となると、我も我もと続く。

 

 つい妹にするようにパトリーシア嬢の頭をなでてしまったおじさんだが、いつも思うことがある。

 そんなに気持ちがいいことなんだろうかと。

 順番待ちするほどのものなのだろうか。


 おじさんが全員の頭をなで終わった頃、王太子たちが姿を見せた。


 金属製のなんだかお高そうな鎧姿に刃引きした訓練用の木剣まで佩いている。

 金髪に碧眼、長身である王太子の姿は凜々しいものであった。

 これに中身が伴っていれば、と残念そうな視線をむける者たちもいる。


 おじさんと王太子の両名が舞台の上で対峙した。

 

「リー! 貴様っ! どこまでオレをっ!」


 魂よ、砕けよと念じているかのような眼力を発揮する王太子である。

 そんな王太子をさらりとスルーして、おじさんは男性講師に近づくと腰のポーチから薬瓶をだす。

 

「バーマン先生、お約束していた胃のお薬ですわ」


 第二回ダンジョン講習の終わりのことである。

 あのとき次の参加はなしと告げた男性講師に、おじさんは胃薬を差し入れると言ったのだ。

 

「助かるー。これって今飲んでもいいかー?」


「もちろんですわ」


 きゅぽんと栓を開ける音がしたかと思うと、男性講師はためらわずに口をつけた。

 そして一気に飲み干す。

“ああ”と息を漏らすと、ちょっとだけ表情がキリッとしたように見える。


 男性講師がおじさんと王太子を交互に見た。

 

「これからー模擬戦を始めるー。致死性のある攻撃魔法は禁止なー。危ないと思ったら止めに入るからなー。あと、あくまでも模擬戦ってことを忘れちゃダメだぞー」


 王太子はすでに木剣をかまえていた。

 

「リー! オレを無礼なめるなよっ!」


 お互いに五メートルほどの距離をとったところで、男性講師が声をあげた。

 

「はじめっ!」


 その声と同時に王太子が真っ直ぐに突っこんでくる。

 木剣は大上段に構えて、そのまま振り下ろす気だろうか。

 

 示現流だったかなあと、おじさんは余裕をみせていた。

 脱力した自然体を崩さない。

 千変万化、臨機応変に対応する構えなのだ。

 

「きぃえええええ!」


 奇声をあげながら振り下ろされる王太子の木剣。

 その軌道は真っ直ぐである。

 決して遅くはないが、速くも感じない。

 

 おじさんは相対して半身になると同時に、軽く横っ腹に掌底をあてる。

 それだけで王太子の木剣は、大きく横にそれてしまう。

 バランスを崩しながらも踏みとどまり、横なぎに振る王太子。

 だが、既におじさんはいない。

 横に躱すのと同時に、バックステップで距離をとっていたのだ。

 

「ふん、恐れたか!」


 いくら木剣だとはいっても、まともに当たれば骨が折れる。

 打ち所が悪ければ、死ぬことだってあるだろう。

 つまり無手のおじさんは躱すのが基本だ。

 恐れるもなにもないだろう、とおじさんは思った。

 

「だが、まだだぞ!」


 刺突、斬撃、ときに体術を織り交ぜながら王太子は攻撃をしてくる。

 その一連の動きは優秀だと言わざるを得ない。

 王太子の動きはサマになっているのだ。

  

 だが、おじさんはそのすべてを余裕をもって躱していく。

 ひらり、ひらりと宙を舞う羽根のよう。

 歩法と体裁きのみだが、それは円を描く踊りに見えた。

 まるで次にどんな攻撃がくるのか、すべて知っているような動きであった。

 

「リーってば……スゴいわね」


 場外から見つめる聖女が声を漏らす。


「リーお姉さまに不可能はないのです!」


「エーリカ、リー様のあの動きは説明できる?」


 アルベルタ嬢の問いに聖女が首を捻った。

 

「たぶん……だけど」


 と言葉を切ってから、聖女が告げた。

 

「誘っているんだと思うわ。わざとホンの少しだけ隙を作って、そこを攻撃させるの。だからあんな風に先読みしているように見えるのかな?」


 自分の言葉に自信がなかったのであろう。

 聖女の声は尻すぼみに小さくなっていた。


「リー! なぜ攻撃をしてこない!」


「そうですわね、そろそろ反撃といきましょうか」


 王太子の言葉に、ふわりとした軽やかな笑みを作るおじさんであった。

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