第140話 おじさん薔薇乙女十字団にドン引きする


「では、双方準備を整えよ。その後に練武場にて模擬戦を執り行うこととする」


 学園長が決を下した。

 そこに異論を挟む者はいない。

 王太子も不満げではあったが、首肯している。

 

 そんな王太子を促して、取り巻きたちがそそくさと教室をでていった。

 

「リー」

 

 学園長がおじさんに声をかける。

 用件の想像がついたおじさんは返答代わりに、いつの間にか肩にとまっていた小鳥の式神を飛ばす。

 行き先は王城である。

 恐らく国王も頭を抱えることだろう。


「そなたも準備に入るといい」


 学園長にも小鳥の式神のことは魔物討伐のときに話してあるのだ。

 

「かしこまりましたわ、学園長」


 おじさんが真っ直ぐに学園長を見る。

 その視線をうけて、学園長も大仰に頷いた。

“あとのことは任せておけ”というアイコンタクトである。


「では、わたくしも失礼いたしますわ」


 おじさんが立ち上がると、女子全員がその後をついていく。

 行き先は薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツの部室である。

 

「あのバカっ!」


 部室に入るなり、聖女が地団駄を踏みながら悪態をつく。

 

「まったくですわ! 私、もう少しで魔法をぶちこむところでしたわ」


 言葉使いがちょっとおかしいアルベルタ嬢である。

 

「とりあえず夜襲でもかけてやるのです! 火の海なのです!」


 物騒なことを言いだすパトリーシア嬢もいた。

 見れば、薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツの面々が怒りを露わにしている。

 御令嬢たちを完全に敵に回してしまったのだ。

 この先、王太子と取り巻きたちは大丈夫かと、おじさんは他人事ひとごとながら心配になってしまう。

 

 ドン引きしながら、おじさんは皆が口々に言う罵詈雑言を聞いていた。

 これはちょっとやそっとのことでは、皆の溜飲が下がりそうにない。

 さて、とおじさんは考える。

 

 どうすればいいのか、だ。

 模擬戦でいかに心をへし折るのか。

 そこが重要だと思う。

 

 へし折れたあとのことは、王や王妃がフォローすればいい。

 やりよう次第では、さらにねじ曲がってしまう可能性もあるだろう。

 

 だがいわば男が持つ責任感が暴走しているような状態なのだ。

 正しく矯正できれば、いい方向に向かう可能性だってある。

 

「リー様!」


 おじさんが目を閉じて熟思していると声がかかった。

 目を開けると、薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツ全員が、おじさんを見ている。

 代表して声をかけているのは、アルベルタ嬢だ。

 

「この先に何があろうとも、私たち薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツはリー様についていきますわ!」


“へ?”とおじさんが戸惑った声をあげる。

 その瞬間であった。

 全員が同じタイミングで片膝をつき、こうべをたれる。

 

「私たち薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツは、リー様に絶対の忠誠を捧げますわ!」


“捧げますわ!”と全員が唱和するように声が揃う。


「えっと……なにごとですの?」


 おじさん、その異様さに飲まれてしまっていた。

 なんだか女子組も女子組で暴走しているように見えるのだ。

 

「殿下のあのやりようを見た私たちの総意ですわ! についていくことはいたしません」


 それはもう国を割るってことでいいのか、とおじさんは思ってしまう。

 王太子も十四歳なら、御令嬢たちも十四歳。

 暴走しやすいお年頃なのだろう。

 

 こういうときに頼みの綱になりそうな聖女を探すおじさんである。

 いつものように反論を、と期待したのだ。

 

 ――いた。

 

 アルベルタ嬢のすぐ後ろで、聖女も顔を紅潮させている。

 その瞳は嬉々とした興奮に包まれ、とろんとなっているではないか。

 

 ――ダメだ、こりゃ。

 

 おじさんは知らないのだ。

 彼女たちが“リー様は私たちが守る”と決意したことを。

 その気高き勘違いが、王太子の暴言をうけて暴走している事実を。


「皆さんのお気持ちはわかりましたが、とりあえず落ちつきましょうか」


 後の世でおじさんたちローゼンクロイツの七日間戦争などと呼ばせてはならない。

 そう思うのだが、おじさんはどうすればいいのかわからなかった。

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