第139話 おじさんやれやれ感をだしてしまう
「バッカじゃない」
しん、とした教室の中に聖女の声が響く。
「決闘なんてできないに決まっているでしょうが。あんたが勝つってことはリーを殺すってことよ? それを理解して言ってるの?」
「それが……決闘のならいであろう」
聖女の言葉に詰まりながらも王太子は答えた。
「だからバカだって言ってんの。そもそもリーにはなんの落ち度もないじゃない? まさか王太子がいるんだから空気を読んで、試験で手を抜けとかそう言いたいの?」
「不敬だぞっ!」
赤がいつもの反応を見せる。
「あのね、自分たちから難癖をつけてるってことくらいは理解しなさいよ。前にも言ったでしょ、王太子はあんたなんだからデンと構えてりゃいいの」
「オレの矜持はどうなる?」
「リーに負けたくないのなら努力なさいよ。それですむ話でしょ」
“殿下”と声をかけた青である。
「ここは決闘ではなく、リー様の提案どおり模擬戦で手を打ちませんか?」
青の言葉に王太子が眉をしかめる。
どうしても決闘にこだわりたいのだ。
「そうだぜ、殿下。決闘にこだわらなくてもいいじゃないですか。要は殿下の方が強いとわかればそれでいいんだから」
乳兄弟である緑の言葉に、不承不承頷く王太子であった。
「いやー勝手に話を進めないでくれるかー」
男性講師の間延びした声が響く。
勝手に話を決められても困るのだ。
全部、男性講師の責任になるかもしれないのだから。
そのときであった。
がらりと入り口のドアが開く。
「話は聞かせてもらった!」
入ってきたのは学園長であった。
「学園長!」
なぜここにとは言葉にできなかった男性講師である。
ただなんとなくの予想はつく。
先日の魔物討伐から帰ってから、学園長の様子が明らかにちがったからだ。
そうなった原因は、あれだ。
うっすらと青みがかった銀髪に、アクアブルーの超絶美少女しかいない。
男性講師は確信していたのであった。
「さすがに決闘は許可できん! じゃがそれでは殿下も納得がいかんのだろう?」
学園長の言葉に大仰に頷く王太子である。
「では模擬戦ですかー?」
男性講師が合いの手を入れた。
「うむ。どうせ来期からは魔技戦も始まるのじゃ。ここでリーと殿下に手合わせをしてもらっておいても問題ないじゃろう」
魔技戦。
魔法と格闘技を使った戦闘のことである。
これが来期から始まるのだ。
学園内でもランキングがつけられる。
その上で代表を決定して、対校戦を行なうのだ。
つまりデモンストレーションでお茶を濁そうという計画である。
と言うか、だ。
王太子の発言は政治的に見てもかなりの問題である。
この場にいるのは、概ねが高位貴族の子息・令嬢だ。
王太子の言葉が持つ意味に気づいている者も少なくない。
発言こそしないが、見切りをつけたというものもいるだろう。
王太子の発言の根底にあるものに対して、想像はつくのである。
だがそれを飲みこむことも、また人の上に立つ者にとっては必要なのだ。
邪魔だからと言って有能な者を排除していては、組織が成り立たない。
腐敗の温床になるだけではなく、組織が機能しなくなるからだ。
だからこそ王太子の発言を重く受け止める者もいた。
まだ十四歳。
更生の余地はある。
されど十四歳なのだ。
もう少し分別がついてもよさそうなものである。
王太子なのだから。
「殿下、それでよろしいな」
学園長が念を押すように聞く。
その目つきは決して優しげなものではなかった。
「学園長が言うのならかまわん」
「うむ。では模擬戦というこかの、準備はバーマン卿、よろしく頼む」
という
王太子の問題発言は、この場だけのこととしておく必要があった。
当然だが男性講師も言われずとも理解をして教室をでていく。
「さて……」
学園長は生徒たちを見渡す。
それだけで言いたいことを理解した者たちもいた。
「殿下、決闘とは軽々しく言葉にするものではない。それは理解しておるのかの?」
「軽々しく言ったわけではない」
「ほう。ならば自身が殺される覚悟もあったということでよろしいな」
「問われるまでもない!」
「だ、そうじゃ。リーよ」
学園長が悪そうな顔でおじさんを見た。
がつんといけ、とゴーサインがでたとおじさんは判断する。
「あまり、そういうことはしたくないのですが仕方ありませんわね」
おじさんの言葉に学園長は頷いて、禿頭をつるりとなでた。
「ここにおる他の皆にも改めて言うておく。決闘なぞみだりに使う言葉ではないぞ!」
事実上の警告である。
このことは他言無用ということだ。
契約魔法を使わないのは学園長の配慮であり、試しでもあった。
平たく言えば、“約束破ったらどうなるかわかっとるんじゃろな”である。
少し魔力を解放して、威圧感たっぷりに言ったのだ。
王太子たち以外、その言葉の意味を十分を理解していた。
吐いた言葉は戻らない。
王太子の暴言を聞いた生徒たちに対して、焼け石に水であることは学園長もわかっている。
それでもこの場では、こうすることしかできなかった。
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