第138話 おじさん王太子との決闘に待ったをかける


 王太子の宣言に対して華麗なスルーを決めたおじさんと違って、大きく反応を見せた者がいた。


“だああああっ!”と男性講師が声を荒げる。


「なんでそんなことしちゃうかなー」


 両手で頭をガシガシとかきながら、誰に言うでもない声がでてしまう。

 アメスベルタ王国は尚武の気風が強い。

 そんな国で決闘というのは、互いに退けなくなったときに行なうものだ。

 

 代理人などという、小賢しい制度もない。

 あくまでも決闘を申しこんだ人間と、受けた人間の間で行われる。

 貴族とは家の力もコミだという理屈は通じない。

 なにせ戦闘狂が多いのだから、そういう理屈はダサいと思われるのだ。

 

 男だろうが女だろうが、決闘の前には一人の人間である。

 魔法という不思議パワーがある世界だからこそ、とも言えるのかもしれない。

 

 決闘は完全決着になることが通例である。

 お互いの意地をとおすのだ。

 敗者には死あるのみである。

 

 そんなもの学生にやらせるわけにはいかないのだ。

 ましてや王太子と公爵家の御令嬢である。

 どちらが負けてもマズいのだ。

 

 というか男性講師からすれば、既に勝敗は明らかである。

 確かに王太子も優秀なのだ。

 だが優秀という枠で収まってしまう。

 

 対しておじさんはどうだ。

 優秀とかもうそういうのじゃない。

 ただただ規格外。

 

 本人はなぜかと主張している。

 しかし実際には学園ごときの器に入りきらない存在だ。

 

 そんなおじさんと決闘?

 天にむかって唾をはくようなものだ。

 だから男性講師は言う。

 

「だめだからなー」


「なぜだっ!」


 間髪入れずに王太子から怒声が飛ぶ。

 

 そりゃあ負けるからだ、とは言えない男性講師である。

 言えればいいのだが、さすがに無理だ。

 王太子からすれば、自分がおじさんに劣っていると認めたくないからの発言である。

 そんな思いを抱えているのは、男性講師も十分に理解しているのだ。

 

 つまり負けるからだと言ったところで、火に油を注ぐようなものである。

 

「よろしいですわ」


 言葉に詰まっている間に、おじさんが口を開いた。

 またなんてことを、と男性講師は思う。

 無意識に手がお腹を押さえているあたり、その気苦労が推し量れる。

 

「ただし! 決闘はいただけませんわ。ですので模擬戦ということにいたしましょう」


 おじさんが提案する。

 その提案に王太子は渋面を作った。

 

 おじさん無視をしてもよかったのだ。

 確かにここ最近は、ちょっとはっちゃけすぎていた自覚がある。

 学園長からの指示でもあったが、特別扱いされているのだ。

 

 それを不満に思う王太子のような生徒がいてもおかしくはない。

 だが特別扱いをしないでくれといったところで、どこまで通用するのだろうか。

 半ば仕方のないことと思うものの、楽しんでいたという罪悪感がある。

 

 だから、敢えて話にのった。

 ただし決闘はダメ、絶対なのだ。

 

「なぜ決闘ではダメなのだ!」


「そこで理由を問いますか、殿下? 命の奪い合いなどしたくないからに決まっていますわ」


「だが決闘でなければ!」


「赤・青・緑・紫・茶色! あなたがたもそれでよろしいと思っていますの?」


“色で呼ぶなっ”と赤が反応する。

 そして、ポリポリと頬をかきながら口を開く。

 

「だってしょうがねえだろう? 殿下がそうしたいって言ってんだ。ここまで言う殿下の姿をオレたちは見たことがないんだ。だったら殿下のことを信じるまでだぜ」


 期待していなかったとは言え、おじさんもさすがに頭を抱えそうになる。

 彼らは決闘を甘く考えている。

 命の奪い合いということを甘く考えているのだ。

 

 決闘なんて言っても、自分は死なないとでも思っている。

 それは高位貴族の子息であるという立場からか。

 あるいは経験不足によるものか。

 いずれにしても死というものをリアルに考えていないのだ。

 

 だから決闘などと言う。

 本来ならそれは互いに退けなくなったときの最後の一手である。

 この一線を越えないように、貴族というのは争うのだ。

 最後の最後、ここを超えるようには追いこまない。

 

 なのでアメスベルタ王国の歴史は長くとも、決闘に発展したという事例は多くないのである。

 彼らとてそう教えられているはずだ。

 決闘とは軽々しく持ちだすものではない、と。

 

 しかし王太子たちは、その一線を自分から踏みこんできた。

 それだけ王太子は重くうけとめているのかもしれない。

 

 だがおじさんは認めたくないが、婚約者でもあるのだ。

 婚約者を相手に決闘を申し入れるなど、前代未聞の出来事だろう。

 

 下手をしたら国を割る行為だ。

 いくら公爵家の当主が王弟であろうとも、激怒することだって考えられなくはない。

 

 かんたんに言えば、文字どおり洒落にならないのである。

 

 そうした諸々の事情を含めて、王太子たちはなにも考えていないのだろう。

 おじさんはそう判断した。

 

 これはもうガツンと頭を叩いておく必要がある。

 おじさんはそんな風に思うのであった。

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