第136話 おじさん地竜を倒す


「り、リーや、今の魔法はなにかのう? ワシの目には地竜を貫通したように見えたんじゃが」


 それもそうである。

 おじさんの使い魔たちが完全に押さえ込んでいるものの、地竜の身体には穴が穿たれているのだ。

 血もダラダラと流れている。

 

「氷弾・改二式ですわ!」


「どういう魔法かの?」


「加速するろ……」


 ロケットとは言えないおじさんである。

 言ったところで、余計にこじれるだけだ。

 では学園長にどう説明すればいいのか。

 少し考えてから、おじさんは口を開いた。

 

「凪の日に帆船を動かすときに風の魔法を使いますわよね? あれを継続的に行なっているような感じでしょうか」


「風を……なるほど、な。風をうけ続ければ船はどんどん進んでいくのう。では常に前へ進んでいくいくような術式を組んだということか」


 学園長も調子が戻ってきたようである。

 白鬚をしごきつつ、眉根に皺を寄せて思案している様子だ。

 

「術式をお教えしましょうか?」


「いや、そこまでリーに頼ることはできん。よし、リーよ。しばらく地竜を拘束したままにしてくれるかの」


 と、学園長が地竜にむかって思案しながら魔法を放つ。

 すぐには巧くいかないようだ。

 しかしその目には輝きが戻っていた。

 

 おじさんはと言うと、学園長の邪魔をしないように半径百メートルほどの規模で結界を張った。

 小鳥は飛ばしたままで、自身はテーブルと椅子を取りだしてお茶を用意する。

 そして優雅にお茶をしながら、魔導書を読むのだ。

 

 この魔導書は建国王の残したものである。

 ただの日記のようなものだ。

 情報そのものにも価値があるのだろうが、おじさんは別のなにかがあるのではと思っていた。

 本当にあるかどうかはわからない。

 

 建国王の残滓に尋ねれば教えてくれるかもしれない。

 でもそれでは意味がないような気がするのだ。

 おじさんも半信半疑なのである。

 自分の予感が外れていても別にかまわないのだ。

 

 ぺらり、ぺらりと読み進めていくおじさんである。

 周囲に魔物も近づいてこない。

 念のために張った結界だが、あまり意味はなかったかもしれない。

 なにせ地竜なんていう怪獣がいるのだ。

 好き好んでこの場所にくるというのなら、その魔物もまた怪獣である。

 

“ふぅ”と大きく息を吐く声が聞こえた。

 顔をあげると、学園長が対面の椅子に座っている。

 

「リーよ、ワシにも茶を一杯もらえんかのう」

 

「かしこまりましたわ」


 とおじさん手ずからお茶を用意するのであった。

 

「なかなかうまくいかんもんじゃな」


 学園長の言葉に、おじさんはチラリと地竜に目線をやった。

 おじさんが開けた穴は、地竜の回復力によるものか、すでに血がとまっている。

 うっすらと見えていた肉の部分が盛り上がっているようだ。

 それ以外に傷らしい傷はない。

 だが、外皮が煤けたように変色した部分があった。


「少し、成果がでているように思いますが」


「うむ。かなり掴めてきておるがな」


 と学園長は禿頭をなであげる。


「では宿題といたしましょうか?」


 おじさんの言葉に老爺が声をあげて笑った。


「宿題か。クク、この年齢としになってのう」


「退屈せずにすむのでしょう?」


「確かにそうであるな。リー、あの地竜を屠れるか? できれば素材は残しておきたいが……持ち帰るのには無理があるか」


「大丈夫ですわ。前々回のダンジョン講習で得た宝珠を次元庫にしましたから」


「ほう。あの宝珠の大きさであればかなりの量が収納できるじゃろうな」


「ええ。あのサイズですとギリギリかもしれませんが」


 おじさんの宝珠の中には先日の巨大ゴーレムも入っている。

 あのゴーレムに負けず劣らずのサイズ感だが、大丈夫だろうとおじさんは踏んだ。

 

 地竜を屠る。

 そちらの方は端から問題ではないと言うように話題にしない。

 

「では学園長、お茶でも楽しんでいてくださいな」


 おじさんはこともなげに言う。

 そして立ち上がって、唄うように詠唱をするのだ。

 

「星の五芒、月の六芒、冥府よりきたりて踊れ。かの者に安息を、永久の眠りを。欠けて満ちよ」


 おじさんは優しい目を地竜にむける。

“おやすみなさい”と告げて。


魂を刈り獲る死神の一撃グリム・リーパー


 黒よりも昏い色の大鎌が顕現する。

 その魔法は死を与える魔法であった。

 

 事ここに至ってなぶる気はない。

 せめて死の間際には苦痛もなく、天上の夢を。

 おじさんの慈悲深き一撃は、障壁などなかったように地竜に死をもたらした。

 

 外傷はない。

 大鎌は死神の権能を凝縮したものである。

 触れれば命を奪う。

 

 アンドロメダとアクエリアスがおじさんのもとへ戻ってくる。

 眠るように息絶えた地竜を、おじさんは宝珠次元庫へとしまうのであった。

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