第135話 おじさん地竜の謎をとく
地竜。
その姿は六本の脚がある巨大なワニを彷彿とさせる。
なにせ全長が十五メートル以上はあろうかというサイズだ。
およそ電車一両分の長さだと考えていいだろう。
紛うことのない巨大生物である。
巨体による威圧感は圧倒的ですらあった。
ゴツゴツとした岩肌を想起させる外皮は硬く、魔法を弾く手段まで有しているのだ。
さらには
もはや人類には手出しのできない生物だとも言えるだろう。
だがそんな危険な生物が相手であっても、だ。
民を守るために命をかけるのが、この国における貴族という存在なのである。
おじさん自身も不思議に思うことがある。
なぜこんな生物を前にして恐怖を感じていないのか。
恐らく前世のままの自分なら、恐怖で
いや
パニックになり、腰を抜かして、立ち上がれなくなってもおかしくはないだろう。
だが、実際にはどうだ。
怪獣といってもいい危険な敵を前にして、おじさんは落ちついている。
正確には落ちついているどころではない。
恐怖を一切感じていないのだ。
それどころか、どうしてやろうかとワクワクすらしている。
女神の恩恵によるものか。
おじさんにはわからない。
そんなおじさんと対照的に、学園長は表情からして真剣そのものだ。
だが急ごしらえの結界で耐えられるのだろうか。
おじさんの頭に疑問によぎった瞬間であった。
白銀に輝く籠手から音を置き去りにする速度で鎖が、
鎖が地竜の口を縛る。
地竜は身動きがとれなくなっていた。
吼えることすら許されない。
圧倒的な強者がただの獲物に成り下がったのである。
「学園長、これで実験できますわね!」
おじさんの弾むような声に、学園長は禿頭をつるりと撫でた。
そして自慢の白鬚に手をやりながら言う。
「実験じゃと?」
「そうですわ。なぜ地竜には学園長の魔法が効かなかったのか、色々試せますわね!」
「う、うむ。そ、そうじゃな」
どこか虚ろな目になってしまった学園長がいた。
おじさんは試しに一発の魔法を使ってみる。
【氷弾・改】
従来型の魔法である。
要は初期の射出速度以降は積み増しがないタイプだ。
弓矢型魔法と言えばわかりやすいだろう。
“きゅいん”と甲高い音を立てて、
地竜の外皮に衝突しようとした瞬間、急速に勢いが落ちたのがわかる。
しかし学園長のときのように押し戻されることはなかった。
地竜の外皮に氷弾は命中したが、威力が大幅に削がれていた結果だ。
二発、三発と試してみたところ同じ結果に終わってしまう。
「なるほど。だいたいわかりましたわ!」
「ほ、ほう」
学園長はまだ立ち直れていないようであった。
「十中八九、あれは魔力の層のようなものですわ。しかも地竜の身体から常に魔力がでているので、一定の距離からは進めなくなるのではないでしょうか」
かんたんに言えば下に降りていくエスカレーターを、逆走して上がっていくようなものである。
初速しかない魔法であれば、魔力の波に押されてしまうというわけだ。
「つまり強い向かい風にむかって弓矢を放つようなものだと思うのですわ」
その説明で学園長は腑に落ちた。
いわゆる厄災級と指定されるような大物の魔物には魔法の効果が薄い。
経験則として言われていたことである。
そもそも地竜の討伐などは、魔導師と騎士たちが連携して行なうものだ。
直接的な魔法の効果は薄いので、行動阻害や障壁、結界などの補助的な役割を担うのが魔導師。
魔導師の補助を得て、物理で叩くのが騎士の役割である。
それでも倒すのには、かなりの犠牲がでるものだ。
今回のように悠長に実験などと称して、魔法をバカスカ撃ちこむことなんてあり得ない。
“ということで”とおじさんは魔法を放つ。
【氷弾・改二式】
こちらはロケット型の魔法だ。
初速に加えて、常に加速しつづける術式を組んである。
おじさんが実家の訓練場の結界を破壊した魔法だ。
地竜の外皮からでる魔力の層によって、一瞬だが速度が鈍る。
しかし加速をし続けるのだ。
押し戻されることもなく地竜の外皮を穿った。
否、穿っただけではない。
貫いてしまったのだ。
そして地竜のむこう側にある木々がバキバキと音を立てて倒れていく。
“げぇっ”とおじさんの口から超絶美少女らしくない言葉が漏れた。
慌てて、氷弾を消してみせるおじさんである。
木々が何本か尊い犠牲になったが、おじさんの理論は実証されたのであった。
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