第134話 おじさんアクエリアスとアンドロメダをまとう


 戦乙女もかくやというおじさんの姿に、学園長は感嘆の息をもらす。

 

 美しい。

 それも儚げでどこか危うい美しさではない。

 泰然自若として、揺るがぬ強さを内包する美しさである。

 

 たかたが十四歳の小娘でしかないおじさん。

 だがその姿は無意識に膝をつきこうべをたれる気にさせる。

 光神ルファルスラの神威によるものか。

 否、と学園長は判断する。

 

 それはもっと別のなにかなのだ。

 外見が美しいだけではない。

 正体こそわからないが、この娘にはなにかがある。

 

 確信はしても、その秘密をさぐる気はなかった。

 学園長はおじさんと頻繁に顔をあわせるわけではない。

 だがそれでも長年の人生の経験で培ってきた人物眼には自信を持っていた。

 

 その人物眼が告げている。

 おじさんは善良であるのだと。

 

 そう。

 おじさんは“神聖にして侵すべからず”なのである。

 

「ワシも負けておられんのう!」


 と学園長はおじさんから買い取った冥府のローブを宝珠次元庫から取りだす。

 ついでに愛用の品である、豪奢な杖を装備する。

 長さが二メートルほどの金属製の杖だ。

 先端にはドラゴンの爪を模した装飾と、真紅に輝く魔法石がつけられている。

 

 魔法石は宝珠とは異なるものだ。

 もとは水晶のような透きとおった宝石である。

 ただ水晶だと不純物が混じって色がつくのだが魔法石は違う。

 自然界の魔力を吸収する性質を有しているのだ。

 

 そして吸収した魔力に因って変質したものが魔法石と呼ばれている。

 学園長のものは真紅なので火の魔力だ。

 火の魔力との相性がよく、魔法のブーストをしてくれる。

 

 正直に言えば、である。

 今、おじさんたちが歩いている場所は、魔物の生息域といっても外縁部だ

 魔物もさほど強いものはいない。

 つまり過剰な装備であるのだ。

 

 事実、おじさんがアンドロメダとアクエリアスを身につけたことで、魔物たちは姿を隠した。

 それほど強力な力を秘めている装備なのだ。

 学園長が身につけているものは、おじさんの装備よりも劣る。

 だが弱い魔物たちにとっては、圧力がさらに倍プッシュされたようなものだ。


 そして、その事実におじさんは気づいてしまった。

 

「学園長、このままだと魔物の討伐ができませんわ」


「確かにそうじゃな、いかに低級の魔物とは言え隠れておるものを殺すのは……」


 学園長の言葉を遮ったのは、魔物の咆哮であった。

 威嚇か、警告か。

 いずれにしろそれは地面を、空気を震わせるような力のある叫びだったのだ。


 ただ学園長はにやりと唇を持ち上げた。

 

「これは思ったよりも大物がかかったようじゃな」


 既に自分が討伐する気満々になっている学園長である。

 現役を退いたとはいっても、血湧き肉躍るのは仕方がない。

 学園長もまた戦闘狂のひとりなのだ。

  

「ちょっと! 学園長、独り占めは許しませんわよ」


 魔物の咆哮を聞いた瞬間に走りだした学園長の背を追うおじさんであった。

 

 咆哮をした主への先制攻撃は学園長だった。

 成人男性の頭部ほどの大きさがある火球が、乱れ飛んで魔物へと飛んでいく。

 しかしその魔物は地竜であった。

 

 黒く硬い鎧のような外皮に六本の脚を持つ巨大な魔物である。

 そのゴツゴツとした外見は、おじさん的に恐竜なようなワニだった。

 いやそもそも六本の脚か。

 

 などと暢気なことを考えつつ、おじさんは学園長の放った魔法を見ていた。

 地竜の強力な外皮の前に、爆発を起こした火球は無力であった。

 否、おじさんの目には火球が押し戻されているようにも見えたのだ。

 

「ちぃ」


 学園長は舌打ちをしつつ、おじさんをちらりと見た。

 

「リー、あれは厄介ぞ。見たじゃろう? 魔法が押し戻される」


「物理で殴ればいいのですか?」


 おじさんのシンプルな答えに、“カカ”と学園長が機嫌良く笑う。

 

「リーのような手弱女たおやめからでる言葉とは思えんな。じゃが悪くないぞ」


 学園長が杖に魔力をとおす。

 すると魔法石がついていない方の先端が尖って、槍のように変形した。

 

「なぜあんな大物がいるのかは後回しじゃ。王都へとでられるとマズい。ここで倒すぞ、リー」


「かしこまりましたわ」


 おじさんはちょっと思う。

 なぜ自分はここまで落ちついているのだろうか、と。

 よくよく見れば、学園長は嬉々とした表情とは裏腹に身体が少し震えている。

 恐怖、いや武者震いの類いだろうか。

 

「ではリーよ、ワシはあのデカブツを物理で殴りにいく。お主は援護に回ってくれ」


 再度、地竜が咆哮をあげた。

 こちらを敵と認定したのだろう。

 地竜の口がぱかりと開く。

 

 大人を丸かじりしてもお釣りがくるほどの大きさだ。

 そもそも尻尾も含めたら、十五メートル以上はあろう巨体である。

 尖った牙がならぶ、その口の奥で魔力が高まった。

 

「マズい、魔力砲撃ブレスがくるぞい」


 学園長の切迫した声が響くのであった。

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