第125話 おじさん聖女の矛をおさめる


「封印! 封印! 封印に決まってるでしょうが!」


 おじさんが元の姿に戻ると、御令嬢たちも正気を取り戻しはじめた。

 真っ先に正気になったのは聖女である。

 そして起き上がると、すぐにおじさんに告げたのであった。

 

「まったく! なんてものを作っているのよ!」


「それは横暴よ、エーリカ!」


「あれを封印なんてとんでもないのです!」


 アルベルタ嬢とパトリーシア嬢の二人が喰ってかかる。

 

「おバカっ! 過ぎた欲は身を滅ばすのよっ!」


 なんとも聖女らしいセリフであった。

 しかしそんなまともなことを言うなんて信じられないと二人の御令嬢は目を丸くする。

 さらにアルベルタ嬢が聖女に一歩近づく。

 

「エーリカ、お熱でもありますの?」


 聖女のおでこに手をあてるほどであった。

 それは嫌みではなく、心の底から心配したという表情なのだ。

 しかし聖女の身体はぷるぷると震えていた。

 

「あんた、めちゃくちゃ失礼なことをしてるって自覚はある?」


「だってエーリカが真っ当なことを言うなんておかしいですわ」

 

 アルベルタ嬢の脳裏には、かつての聖女の失態が走馬灯のように駆け回っていた。

 

「それを言っちまったら、もう戦争しかねえだろうが!」


 聖女が半身になって軽くジャンプをするようにしてステップを踏む。

 そして鼻の下をこすって、アルベルタ嬢にむかって掌を上にして指をチョイチョイと曲げる。

 

「かかってこいやぁ! ほあちゃあ!」


 剣呑な雰囲気になりかけた部室に、おじさんの手を打つ音が響いた。


「はいはい。そこまでですわ。アリィも言い過ぎですわよ」


 おじさんの言葉に素直に、“ごめんなさい”と言うアルベルタ嬢である。

 

「それはエーリカに言うべき言葉ですってよ」


「失礼いたしました。エーリカ、私が言いすぎました。撤回して謝罪しますわ」


「……わかったわよ」


 と聖女が怒りを逃がすように、大きく息を吐く。


「今後、口をすべらせないように……あふん」


 と聖女が矛をおさめかけたときであった。

 聖女の首がガクリと落ちる。

 

「増長した猫の神よこしまなるかみは懲らしめられました。先ほどのことはお忘れなさい。主上はいつも見ておられます。あなたの為すがままに」


 その声はいつもの聖女のものとは明らかにちがっていた。

 さらに聖女の身体からは神威の光がこぼれている。

 

 おじさん以外の御令嬢たちは、その様を見てサッと膝をつき、こうべをたれる。

 神託であった。

 これが聖女の称号持ちである所以ゆえんでもある。

 

「かしこまりましたわ」


 おじさんの返答に満足したのか。

 聖女に降りてきたなにかがコクリと頷く。

 そして神威の光が消えると同時に、聖女の意識が戻ったようだ。

 

「はれ?」


「エーリカ、神託がありましたの」


「うん、わかってる……」


 聖女の表情は言うべきか、言わざるべきかを迷っているような雰囲気であった。

 

「大丈夫ですわ。およそのところは把握できましたから。エーリカが迷うなら言うべきではないですわ」


「うん、そうね。ありがと、リー」

 

 おじさんは思った。

 恐らくは猫の神が調子にのって、あの神具を授けたのだろう、と。

 それをおじさんに祝福を与えた女神が見ていたのだ。

 

 嫉妬か。

 あるいは独占欲か。

 はたまた別の感情か。

 

 おじさんには神の考えることなんてわからない。

 しかしわかったこともある。

 それはおじさんに祝福を与えてくれた女神は、高位の存在だということだ。

 

 なんだか転生前にごねまくったことを恥ずかしく思ったおじさんである。

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