第123話 おじさん薔薇乙女十字団にせがまれる
海南鶏飯と愛玉子が好評を博した数日後である。
もうすぐ学園の試験も間近にせまってきていたある日のこと。
おじさんはいつものように、
「リー様!」
すわ殺人事件でも起こったのかという形相で、アルベルタ嬢が近づいてくる。
その鬼気せまる表情に、若干だが引いてしまうおじさんであった。
「ど、どうかしたんですの?」
「我ら
見れば全員が席を立って、おじさんを見ている。
なぜか今日は教室から人が居なくなるのが早かった。
その理由はここにあったのか、とおじさんは思う。
「どのようなお願いなのです?」
「リー様、いいえリー先生! 私たちのためにもう一度、あの姿になっていただけませんでしょうか?」
あの姿――。
恐らくは自宅での勉強会で見せたコスプレのことだろうと察するおじさん。
「ええと、あの衣装を着てほしい、と?」
その理由は、とおじさんは聞きたかったのだ。
「だって! やる気がでませんもの!」
「そうなのです! リーお姉さまのあのお姿ならやる気がでるのです!」
「リー。もうこの子たちは、どハマりしているんだから諦めなさい」
アルベルタ嬢とパトリーシア嬢が聖女に目をむけた。
「エーリカだって偉そうなことは言えないのです」
「リー先生いいわねってボソッと呟いてたじゃないの!」
二人の剣幕に、うっと言葉を飲みこむ聖女であった。
自分だけ棚にあげるのは許さないということであろう。
「皆さんも同じ意見ですの?」
おじさんは目の前で騒ぐ三人をスルーして、後ろにいる御令嬢たちに声をかけた。
すると、“はい!”と元気のいい答えが返ってくる。
おじさんとしては自分がコスプレして、皆のモチベーションが上がるのならそれでもいい。
ただあの衣装はタウンハウスで保管されている。
そのため手持ちにはないのだ。
手持ちにあるものなら……。
「そうですわね。申し訳ないのですが、今は手持ちにありませんの。ですので後日でよろしければ……」
おじさんの返答に、あからさまにがっかりとした表情になる御令嬢たちである。
そんな御令嬢たちを見ると、なんとかしてあげたくなるのがおじさんのサガだ。
“ううん”と曖昧な響きの声をだしつつ、おじさんは皆を見た。
「仕方ありませんわね。これはまだ開発中なので、他言無用ですわよ」
とおじさんはあるものを取りだした。
それは茶色の猫耳がついたカチューシャのようなものだ。
御令嬢たちの視線が、そのアイテムに釘づけになった。
「ちょっと失礼しますわね」
少し気後れしたが、ここまでくれば開き直るしかなかった。
後ろをむいて、頭にカチューシャをのせる。
するとおじさんの髪色と同じ、薄く青みがかった銀色へと猫耳が変化した。
そしてピコピコと動く。
“ごくり”と御令嬢たちは例外なく唾を飲む。
やるなら本気で。
それがモットーのおじさんは、くるりと回って正面をむく。
「にゃんにゃん」
手をクルッと丸くして、顔の高さにまであげて猫になってみたのだ。
その瞬間であった。
御令嬢たちは皆、目を見開いたまま微動だにしない。
呼吸する音さえもなく、匂いもない。
そう錯覚するような空気が流れている。
しかしこうまでリアクションがないと不安になるのはおじさんだ。
せっかく腹を括って、猫のポーズまでとったのである。
なにかマズかったのか、という思いがあふれてきた。
そこで苦し紛れにおじさんは、再度ポーズをとる。
「にゃあん」
おじさんが猫になって、きっかり九秒が経過したときであった。
「がふっ!」
と御令嬢たち全員が膝をつき、四つん這いになってしまう。
よく見れば、床にポタポタと血まで垂れているではないか。
「え? ちょっと? 皆さん、大丈夫ですの?」
「ちょっとリー! やりすぎよ!」
鼻血をたらしながら、聖女がスクッと立ち上がって腰に手をあて、指をさしながら言う。
おじさんは首を傾げた。
自分がなにをしたのか理解できていなかったからである。
「エーリカ、やりすぎってなんのことにゃん?」
だから、おじさんは無自覚にダメ押しをしてしまった。
聖女にむかって、“にゃん”のところでポーズをとったのだ。
ぶふうと聖女が派手に鼻血を吹き散らしながら、指をさしたポーズのままゆっくりと後ろに倒れていく。
その姿はさながら古い漫画のようであった。
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