第119話 おじさん新たなる薬を依頼される


 デジャブかと思うような一幕があったおじさんである。

 今回、お断りしたのはもちろんアミラがいるからだ。

 どうにも説明のしにくいお子さんを、王城で連れ歩くわけにはいかない。

 

 ましてや目の前で悲壮感を漂わせているのは、宮廷魔法薬師筆頭の地位にあるものだ。

 姿隠しの魔法をいつ見抜くかわからない。

 ということで、さっくりとお断りしたおじさんは背をむけた。

 

「頼む! 助けてほしいのだよ!」


 おじさん髪の毛の薬はもう渡したはずだ。

 なのになぜと思ってしまった。

 というか、筆頭の目が血走っていて真っ赤だ。

 頬もなんだかけている。

 

 これはまたぞろ無理難題でも言われたのかと思ってしまったのだ。

 

「むぅ。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワよ。そこの子どものことは何も聞かない。何も言わない。だから助けてくれ、頼む!」


 もはやなりふり構わないといった筆頭の言葉に、おじさんは“ふぅ”と息をはく。

 アミラがおじさんの手をぎゅっと握りしめてくるのがわかる。

 

「仕方ありませんわね。この子のことはご内密に。事情はお父様にでも聞いてくださいな」


「なんのことを言っているのかわからんが、とにかく頼む。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワよ」


 これ以上の駆け引き云々をする気はないようだとおじさんは判断した。

 で、そのまま筆頭薬師の部屋へと連れこまれてしまう。

 

 話はシンプルであった。

 おじさんが作った髪の毛の薬は効果を発揮したのだ。

 それも皆が考えていた予想以上に。

 

 だが、それが分断を生んでしまった。

 ある派とない派である。

 この点は筆頭薬師もわずか数日前のことではあるが、しっかりと試したのだ。

 そしてある派は救われた。

 

 しかし問題はない派である。

 これまで薄毛という一点で、一枚岩だった彼らに亀裂が生まれてしまった。

 ない派はある派が分裂したことをうけて、より先鋭化し過激化したのである。

 

“ヤツらは所詮、我らの中では小物よ”

“ふん、なにがある派じゃ。男は黙ってない派であろうが”

“ちぃとある派を懲らしめてやらねばならんか”


 などなど。

 ない派から不穏な言葉が出ているそうだ。

 結果として、宮廷魔法薬師筆頭にそのしわ寄せがきてしまった。


“ない派をなんとかしろ”である。


 こちらは余裕がある。

 だが、ない派からの圧力には辟易としているのだ。

 しかしである。

 なんとかしろと言われても無理なものは無理だ。

 

 おじさんのレポートにもある。

 ないものは生やせないのだ。

 無論だが、宮廷魔法薬師筆頭とて無能ではない。

 しっかりと自分でも実験をしている。

 

 例えば、生えている部分の毛を抜いて、ない部分に薬をかける。

 そうしたら生えるのではと考えたのだ。

 現代でいう植毛的な考えである。

 しかし毛根ごと移植したわけではない。

 

 結果は無慈悲なものであった。

 

 そんな話を聞かされても、おじさんは困ってしまう。

 ない派にも効果のある方法があればいいのだが、おじさんはさほど詳しくはない。

 これはもう困ったぞとなったときであった。

 

「なにか代替案となるような魔法薬はどうだろう?」


 宮廷魔法薬師筆頭の話はこうである。

 ない派・ある派ともに共通の悩みとしてあるものを解決する薬を作る。

 その薬をない派に優先して流すことで、溜飲を下げさせるといったものだ。

 

 結局のところ、時間経過とともにまた問題が再燃するのではという懸念はある。

 しかし今すぐにどうにかしろと言われても無理な話なのだ。

 そこで目先を変えさせるという案である。

“うまくいけば時間稼ぎにはなるだろう”とのことだ。


 しかし問題はそんな都合のいいがあるのかであった。

 

「心当たりがひとつあるのだ」


 と筆頭は疲れ切った表情で言う。

 

「それは水虫の薬だ」


 なるほど、とおじさんは思った。

 水虫と人の付き合いの歴史は古い。

 なにせ革靴という環境があれば、発生するリスクがあるからだ。

 

 ちなみにおじさんは前世では軽い水虫だったことがある。

 抗真菌薬を使って治したものだ。

 

 その経験もあって、おじさんは早い段階で風通しのいいサンダルを開発している。

 家ではもっぱらサンダルか、スリッパなのだ。

 実家が運営する商会でも売り出されているのだが、基本的に庶民に人気の品である。

 なにせ貴族としては体面を保つことも必要なこともあって、あまり売れてはいないようだ。

 

 しかし一部で熱狂的な人気を博している。

 おじさんの家族は愛用者筆頭だ。

 特に母親などは“もう手放せない”というほどハマっている。

 

 閑話休題それはさておき

 おじさんは小さく息をはいて、首を縦に振った。

 

「承りましたわ。ではまたお父様経由でお願いします」


「もちろんだ。すまないな、せめてうちにある一級の素材をそちらに届けさせておく」


「ありがたくいただきますわ……それとボナッコルティ様、こちらをどうぞ」


 とおじさんは腰のポーチから小さめのキャンディポットを取りだして机においた。


「少しばかり元気になる飴ですわ。あまり根を詰めませんよう。ひどいお顔をなさってますわよ」


“むぅ”と自分の頬を手でさする筆頭薬師である。


「ありがたくいただこう」


「では失礼いたしますわね」


 とおじさんは筆頭薬師の部屋を出たのであった。

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