第106話 おじさん怪しげな薬も作ってしまう
「むむむ、ですわ」
幸いにしておじさんの手持ちの素材で薄毛に効果のある魔法薬を作ることはできた。
初級の治癒薬にちょいと素材と手間を足すくらいだったのだから。
ただ作ってみてはいいものの、どの程度の効果があるのかわからない。
少し青みがかった銀髪のおじさんは、言うまでもなくふっさふさである。
と言うかだ。
改めて思うと、カラセベド公爵家に薄毛の人はいなかった。
使用人に至るまで、髪の毛に悩みを抱えていそうな人物がいないのだ。
これでは効果の実証ができない。
できれば副作用があるかもためしておきたいところなのだ。
『主よ、特に問題はないと思うのだが』
「それはそうなのですが……」
いくら実績のある薬だとしても、やはり自分の目で効果を見ておきたい。
なんだかモヤモヤする気持ちを切り替える。
そのためにおじさんが選んだのは、気になった魔法薬やら何やらを片っ端から作ることだった。
この日のために素材もしっかりと用意してあるのだ。
おじさんは没頭した。
ときにトリスメギストスとやり取りをしながら。
それはとても充実した時間だった。
試行錯誤しながら、あれば役立ちそうなものをいくつも作っていく。
こうしたときに女神の恩恵はとてもありがたい。
常人であれば、とうに魔力が切れていただろう。
しかしおじさんは屁の河童である。
時間を忘れて、久々に熱中したおじさんがふと我に返ったときだった。
『む。主よ、誰かくるぞ』
使い魔の声が終わらないうちに、厳重な扉をノックする音がする。
「リー様、よろしいでしょうか」
渋い声である。
家令のアドロスだと判断したおじさんは立ち上がって、扉の錠を外す。
アドロスはいい年齢の男性だが、ロマンスグレーの紳士だ。
「作業中に失礼いたします。リー様、夕食のお時間でございますが先に湯に入られ……」
アドロスは見た。
否、見てしまった。
部屋を埋め尽くさんとするおじさんの成果を。
その光景にできる家令であるアドロスの思考が一瞬だがとまってしまう。
「アドロス、ちょうどよかったですわ! 渡したいものがありますの」
おじさん指さしたのは、見事なカットが入った優雅なデザインのキャンディポットだ。
中には色とりどりの鮮やかな飴が入っている。
ただしデカい。
アドロスが抱えないと持てないような大きさだ。
「り、リー様。これは?」
「ちょっと作ってみましたの。 これから暑くなっていくでしょう? なのでちょっとした体力回復効果のある飴ですわ。皆で好きなように食べてくださいな」
“まだありますのよ”とおじさんがにこやかに続ける。
言葉がでないアドロスであった。
その心遣いは嬉しい。
嬉しいのだが、“ちょっとやりすぎでは”とも思うのだ。
「これは手につけるものなんですの。手以外につけても大丈夫ですわ」
と言いながら、おじさんはドンと積まれた一角を指さす。
「こっちは男性用の携帯容れ物、こっちは女性用ですわ。これも薬草を練りこんでありますのよ」
それは小ぶりなクリーム容れであった。
男性用はシンプルな金属製で飾り気はない。
だが女性用はカラフルでポップな色使いで愛らしいデザインになっている。
「どちらも保存用の魔法をかけてありますから」
“あとは”とおじさんはあれこれと指定していく。
その姿にアドロスの笑顔が少しずつ引き攣ったものへと変わる。
「り、リー様、お気持ちは大変嬉しゅうございます。ただ……もうこの辺りにしておきませんと」
「そうですわね。では宝珠次元庫に収納しておいてくださいな」
「かしこまりました。ただ、リー様。この量ですと入らない可能性もあります」
「そうですの? なら少し待ってくださいな」
とおじさんは新規の宝珠を取りだして、一瞬で魔道具に仕立ててしまう。
「そちらも使ってくださいな。アドロスにプレゼントですの」
「ありがたく頂戴いたします」
もは何も言うまいと思うロマンスグレーの紳士であった。
恐らくは鬱憤がたまっていたのだ、と考えることにしたのだ。
それを発散しただけである。
ただちょおっと一般的な事例から外れているだけだと。
アドロスはそう思いながら、おじさんが指定した一角を宝珠次元庫に収納する。
おじさんもあっという間にそれ以外のものを収納して、満面の笑顔をみせた。
「さぁ夕食をいただきましょうか。入浴は食事のあとでいいですわ」
“かしこまりました”と地下室をでる。
アドロスにとっておじさんは孫娘同様だ。
その娘が妙にスッキリとした笑顔を見せている。
たったそれだけでも充分であった。
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