第105話 おじさん依頼のあった魔法薬を作ろうとする


 薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツの会合に加えて、実家の遊技場計画もスタートした。

 おじさんの毎日は忙しくなったが、やらないといけないことがある。

 建国王の残滓に会いに行くこともそうなのだが、依頼があったのはこちらが先だ。

 

 そう。

 おじさんは宮廷魔法薬師筆頭である、エバンス=グヘ・ボナッコルティからの依頼である。

 彼から髪の毛のお薬を作ってくれと頼まれたのだ。

 いや正確には作ってくれとは言われていないが、おじさんの中では実験することが決定していた。

 そのため学園が休みである今日は終日潰す気でいたのだ。

 

 万が一に王太子との婚約が破棄されなかった場合。

 おじさんが開発しておきたいのが、王太子を不能にする薬である。

 正直なところ、この目的はトリスメギストスがいるため半ば達成したようなものだ。

 なにせおじさんが知りたい情報は、あの調子にのる使い魔が知っているのだから。

 

 しかし今日のところは、先ずは髪の毛に関する薬からだ。

 おじさん的には色々と実験したいこともあるのだが、それは後回しである。

 公爵家の別邸、地下にあるおじさん専用の実験室にて鈴のような声が鳴った。

 

「おいでなさいな、トリちゃん!」


 いつものように総革張りの本が出現した。

 

「トリちゃん、今日は薄毛を改善するお薬のことを知りたいのですわ!」


『薄毛……。しばし待たれよ』


 パラパラとページが自動的にめくれていく。

 

『主よ、これがお目当ての情報だな』


 おじさんは前世でも髪が豊かな方であった。

 同世代の者たちの一部から、育毛剤だのなんだのという話は聞いたことはある。

 それと同時に羨ましそうな目をむけられたものだ。

 なのであまり薄毛に関する知識は持ち合わせていなかったりする。

 

 トリスメギストスの情報によると、この世界でもそれなりに研究は行われているようだった。

 ただし治癒薬などというものがありながら、髪を生やす魔法薬は開発されていない。

 そこに書かれていたのは、さまざまな考察だった。

 

 例えば治癒魔法についてである。

 この魔法は上級になると四肢の欠損を修復できるものだ。

 ただし飽くまでも修復であって、再生ではない。

 

 つまり魔物に腕を喰われてしまったなどのケースでは、いくら治癒魔法でも修復はできないのだ。

 ちぎれた腕が残っているのなら修復はできる。

 この結果から推測すると、そもそも髪を生やすもとになるものがなければいけない、というものだ。

 

 確かに、とおじさんは思った。

 正鵠を得ているのだろう。

 

 逆に言えばだ。

 髪の毛がある程度は残っているのなら、それを増やすなりはできる。

 効果がありそうだと判断したおじさんは、後期魔導帝国時代のレシピを参考にすることにした。

 

 では失った髪の毛を再生することはできないのだろうか。

 

「トリちゃん、再生魔法というのはありますの?」


『うむ。あるにはあるのだが、アレは取り扱いが難しい魔法だな』


「どういうことですの?」


『再生魔法というのは要するに時間を遡行させる魔法なのだ。しかも術者本人にしか効果がない』


 いくら魔法という不思議パワーであってもだ。

 無から有を作りだすことは難しい。

 それは神の御業に他ならないからである。

 

 では再生魔法とはなにか。

 トリスメギストスによれば、本質は時間の遡行である。

 任意の過去に肉体の状態を戻すことを指すのだ。

 

 ただし任意といっても、その扱いは繊細極まる。

 結果としてかつて再生魔法を扱う者たちの間で事故が多発したのだ。

 それこそ生まれる前の状態にまで時間を遡行し、その存在が消えこともあった。

 

 そのため禁呪として指定され、やがて失伝してしまったのだ。

 

『我が主であれば使えるだろう。しかし余人には無理であろうな』


「再生魔法を極めれば、不老不死も可能なのです?」


『主であれば、その域に達することも可能であるな。ただおすすめはせんぞ』


 それはそうだろうとおじさんは思う。

 確かにいつまでも全盛期の肉体であることは魅力的だ。

 しかし周囲はそうではない。

 

 おじさんが大切に思う人たちは、いずれ老いて死んでしまう。

 そして独りだけ取り残されることを思うと、背すじに冷たいものが走る。

 

「髪の毛を増やす薬から作ってしまいましょう」

 

 再生魔法のことは聞かなかったことにしたおじさんである。


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