第71話 おじさん王太子トラブルに巻きこまれる


 家族と楽しいひとときを過ごして、おじさんはすっかりショックから立ち直った……はずだ。

 今日も今日とて学園にて、元気に授業をうけている。

 

 座学の多い日というのは退屈だ。

 なにせおじさんはすでに基礎レベルは終えて、専門課程の勉強もしているからである。

 興味の赴くまま学んできた結果だ。


 しかしまったく新しい知見がないわけではない。

 おじさんが学んでから数年が経過している分野もあるためだ。

 学園では最新の知識がしっかりと導入されている。

 

 なので真面目に講義をうけているおじさんであった。

 そんな一日も終わりに差しかかろうとしたときである。


「リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワー」


 と男性講師の間延びした声が聞こえた。

 フルネームで呼ばれるのは長いので、おじさんはリーと呼んでくれと言ってみる。


「んー検討しとくなー」


 男性講師にはすげなくかわされてしまった。


「そんなことより先日申請していた件だがー」


 その言葉に教室にいた女子全員の視線が男性講師にむいた。


「学園長からも許可がおりたぞー。今日から別棟三階にある部屋が使えるぞー」


 どっと教室がわいた。

 男性講師からおじさんに鍵が渡される。


「やりましたわね、リー様!」


 アルベルタ嬢が駆け寄ってくる。


「リーお姉さま!」


 パトリーシア嬢はなぜかその場でクルクルと回っていた。


「いよいよ私たちの薔薇乙女十字団ローゼン・クロイツが始まるのね!」


 おじさんが思っていたよりも聖女は乗り気のようだ。


「むぅ。ずるいぞ、リーだけ!」


 女子たちの喜びに水を差したのは、いつものように王太子であった。


「殿下、リー様だけではありませんわ。殿下もご自身の課外活動を申請されればよろしいのです」


 アルベルタ嬢が冷静に対応した。

 しかしその表情は明らかに冷え切っていたのだ。

 ピキリと教室の空気が変わった。


「ならば! 我らも我らだけの課外活動を申請しようではないか!」


 王太子の言葉に取り巻きたちが“おう”と声をあわせる。

 だが反対にさっと目をそらす者たちもいた。

 王太子の取り巻き以外の男子である。


 課外活動を新規で申請する場合は、最低でも十人の参加者が必要なのだ。

 このクラスにおける男子の数は十人である。

 つまり全員が参加しなければ、他のクラスから参加者を募る必要がでてくるのだ。


 そして取り巻き以外の四人が目をそらしたのは、それぞれの家の事情である。

 家から指定された課外活動に参加しろと言われているのだ。


「おい! お前たちも参加するよな!」


 赤色が目をそらしている男子たちに声をかける。


「いや、悪いんだけど即答はできない」


「まぁそれはそうでしょうね。各々の家から言われていることもあるでしょう」


 青色が理解を示すが、それをぶち壊したのが王太子であった。


「ぬぅわぁぜぇどぅあ!」


 なぜだと言いたかったのだろう。

 しかし言葉が空回りしている。


「殿下、彼らにも事情があるのです」


「いや王太子であるこのオレが新たに課外活動を作るというのだぞ! その者たちにとってもいい機会ではないか!」


 確かにその言葉はある意味で間違ってはいない。

 しかし、である。

 王国貴族とて一枚岩ではないのだ。

 次代の王位継承権を持つ者は王太子以外にもいる。

 誰とは言わないが、少し青みがかった銀髪でアクアブルーの瞳を持つ絶世の美少女とかだ。


 ただあまりの者と比べて、現時点で大きくリードしているといったところである。

 王太子という座は重いが、絶対ではないのだ。


「殿下のお言葉はごもっともです。ですが彼らにも家の事情があるので、即答はできないとしたのです」


「では明日ならばいい返事は聞けるということか!」


 その問いにも男子組は目をそらした。

 彼らの家も高位の貴族であるのだ。

 

 しかし役務によっては王都を離れていることもある。

 領地運営に力を入れているケースもあるだろう。

 なので今日がダメなら明日とはいかないのだ。


「まぁまぁ殿下、こいつらだって参加していないって言ってるわけじゃないですから。他のクラスにも声をかけましょうよ」


 若干だが気安い口調の緑色である。

 王太子とは乳兄弟なのだ。


「やっぱりずるいぞ、リー!」


 乳兄弟である緑色の言葉を無視できなかったのだろう。

 そのイライラの矛先がおじさんにむいたのである。

 ごねる王太子を見て、おじさんの目から光が消えたのであった。


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