第72話 おじさんへこんだ分をとりもどす


「リーはオレの婚約者だぞ! そのリーだけが自分の課外活動なんてずるいではないか!」

 

 王太子が教室の中心で自愛わがままを叫ぶ。


「リーの婚約者だからこそ、オレはオレの課外活動をせねばならんのだ!」


 勢いだけの赤色がうんうんと頷いている。


「いやむしろオレこそが独自の課外活動を……ぶべらっ!」


 奇妙な声をあげた王太子の身体が、らせん状に回転しながら宙を舞う。

 教室内の誰もが思った。

 “やっちまったな”と。


 犯人はおじさんではなく、聖女であった。

 聖女は神殿で七年もの間、修行を積んでいる。

 その期間、身を守る術として格闘術もしこまれていたのだ。

 いわゆる武闘派僧侶モンクなのである。

 ゆっくりと残心をときつつ、聖女はビシッと指を差す。


「いちいちリーに絡まない! 見苦しいのよ! あんたは王太子なんだからでーんと構えてりゃいいの!」


「ふ、不敬だぞ!」


 いつもの赤色の台詞を茶色がパクった。


「やかましい! 本当はあんたたちがいさめる立場でしょうが!」


 正論であった。

 まさかそんな言葉が聖女の口からでるなんて、である。

 驚きに呑まれている教室内。

 静寂に包まれた空気を一変させたのは、やはりおじさんだった。


「ちょっと! 今、リーって言いましたわよね? リーって!」


 おじさんが目を輝かせて聖女の手をとった。


「え? え?」


「もういっかいですわ! ほら、リーと呼んでくださいまし」


「え? リー? これでいいの?」


“きゃあああああ”とおじさんが小躍りする。


「やりましたわ! リーと呼んでもらえましたわ!」


 おじさんの喜ぶ姿を見て、聖女は“はぁ”と息をついた。


「あんたも苦労してるのね。いいわ、リーって呼んであげる。そ、その代わり! アタシのことは、え、エーリカって呼んで」


「エエーリカですの?」


 こてんと首を傾げるおじさんの姿に、一瞬だけ息が詰まる聖女である。


「っエーリカよ! 聖女じゃなくてエーリカ! わかった?」


「はい。よろしくですわ、エーリカ」


 にっこりと超絶美少女のおじさんが微笑みかける。

 その破壊力に聖女は、“がはっ”と血を吐くような幻覚を体感した。


「か、かわいい……」


 そんな聖女のつぶやきを聞き逃さないのがアルベルタ嬢である。

 ススッと身を聖女に寄せて、小さな声で言う。


「ようこそ、こちら側へ」


「ちちち、ちがうわよ! そそそそんなことないもの!」


 “ふふ”とアルベルタ嬢が不敵な笑みをうかべる。


「いいですわ、聖女様。いえ、エーリカ。私のことはアリィと呼んでくださいな」


 アルベルタ嬢に続いて、パトリーシア嬢も寄ってくる。


「私も! 私もエーリカって呼ぶからパティって呼んでね」


「いいけど。あんたたちもリーって呼んであげなさいよ」


「それは無理ですわ!」


 またもや二人の声が重なった。

 彼女たちはブレないのである。


「リー様はリー様なのですから。今さら、そんな呼び捨てになんてできませんもの」


「リーお姉様なのですわ!」


 すっかり忘れられてしまった王太子たちであった。

 そこへ男性講師の声が響く。


「ちょっと落ちつけー。課外活動は勝ち負けじゃないからなー。人数がそろったら申請しろー」


「先生、殿下を医務室にお連れしてもよろしいでしょうか?」

 

 青色の言葉に男性講師が頷くと、取り巻きたちは王太子をともなって教室をでていった。


「大げさなんだっての!」


 やらかした張本人である聖女が毒づく。

 ちょっと手加減するのを忘れていただけである。

 それでも治癒魔法を使えば、すぐに回復する程度でしかない。

 ただ養父や神殿に迷惑がかかるかも、と思う聖女であった。


「大丈夫ですわ、エーリカ。わたくし、ちょっとした伝手がありますの」


 強がる聖女の不安を汲んだのであろう。

 おじさんがフォロー入れる。

 いや正確にはもうフォローを入れる準備は整っていた。

 

 その証拠におじさんの肩には、いつの間にかダンジョンで召喚した式神の小鳥がとまっていた。

 この小鳥を飛ばして、父親に事の子細を報せればいい。

 あとは大人たちが判断するだろうという丸投げであった。

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