第62話 おじさんの照れ隠しともふもふと



 弟が眠ってしまったところで、控えていた使用人から声がかかる。


「リー様、メルテジオ様を寝室にお連れしておきます」


「お願いしますわね」


 弟を使用人に渡して、おじさんは的を見据える。

 最近はシンプルに的に当てる魔法は使っていなかったのだ。

 軽く魔力を循環させて、練りあげる。


【氷弾・改】


 かつておじさんが学園でやらかした魔法だ。

 的を破壊しただけではなく、訓練場の壁をも貫いてしまった。

 

 その経験をもとにして威力をわざと落としたものを開発しようとしたのだ。

 しかし結果的にはできなかった。

 おじさんの魔力の強さと練度の高さが仇になった形である。

 

 そこでおじさんは発想を変えてみた。

 今までの魔法はいわば弓から放たれた矢である。

 撃ちだされた矢は初速がすべてだ。

 距離が離れるごとに速度や威力が落ちていく。

 

 そこでおじさんは発想を変えたのだ。

 加速するタイプならどうだ、と。

 いわゆる推進機構のあるミサイルのようなものである。

 魔法を生成した段階での初速は遅い。

 しかし距離とともに加速していくタイプだ。


 これなら近距離で使われる場合、そこまで威力を発揮しないのではと考えた。

 で、試してみたのである。


 次の瞬間、的の一点を貫いた氷弾が結界魔法を破壊していた。

 “マズい”とおじさんは慌てて、氷弾を消す。

 

 盛大に失敗してしまった。

 おじさんの魔法は弓矢型の初速をそのままに加速していったのである。

 もはやソニック・ブームが起きそうな勢いだったのだ。

 音を置き去りにする魔法である。


「お、おほ。おほほ、ほほ……」


 訓練場にいた騎士や魔導師たちの視線がおじさんに突き刺さる。

 それを笑ってごまかしてみたのだ。


【結界】


 なにげなく結界魔法を修復して、おじさんは足早になって立ち去る。

 その背中を見て、騎士たちは思っていた。


“リー様はなにを目指してるんだ?”と。


 サロンに戻ってきたおじさんは、クリソベリルを見つけて抱きかかえた。


「ちょおおおっっと失敗しましたわ」


『御主人様、ダメなのだ! そこはダメなのだ!』


 スキンシップが好きなクリソベリルである。

 しかしおじさんのもふり方は凶悪なのだ。

 なにせ抵抗できないまま、いいようにされてしまうからである。


「魔法は物理法則にとらわれないのでしたわ」


 クリソベリルの訴えはおじさんの耳には入っていなかった。

 十本の指がそれぞれに独立したかのような、神のもふりである。


「でもあの加速型の魔法は使えますわね」


『ご、御主人……様。やめる……のだ』


「いえその前に殺傷力が強すぎる魔法をどうにかして……」


 哀れな使い魔の訴えはおじさんにとどかない。

 おじさんはブツブツとつぶやきながらも、無意識にもふっていた。


『ご……のだ』


 クリソベリルが舌をだして、ぐでんとなった。

 その後もおじさんの神のもふりが続くのであった。

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