第61話 おじさん弟に魔法を教える



 おじさんが持ち前の引きの強さを発揮したものの、概ねは無事にダンジョン講習の一回目も終わった。

 そして本日は学園が休みの日である。

 おじさんは朝からオブシディアンにもたれかかって、クリソベリルを抱きかかえていた。

 もふもふを堪能していたのだ。


「姉さま」


 そこへ弟がサロンへと入ってきた。


「どうしたの? メルテジオ」


 父親ゆずりの金髪に深い蒼色の目をしている少年がもじもじとしている。

 どちらかと言えば、顔の作りも父親に似ている少年だ。

 つまりイケメンである。


 前世で兄弟のいなかったおじさんは弟が赤ん坊の頃からかわいがってきた。

 それ故、姉弟の仲は悪くない。

 いやむしろシスコン気味に育ったと言えるだろう。

 ただ最近では妹が姉に甘えるようになって、なかなか弟からおじさんに言いだしにくかったのだ。


 年齢的にも恥ずかしさを感じていたのかもしれない。

 しかし今日は母親と妹がお出かけしている。

 弟からすると、絶好のチャンスと言えるのだった。


「姉さま、今日はお休みなんでしょ? 魔法を教えてほしいんだ」


 おじさんと目を合わせず、少し自信なさげな声音で弟が言う。

 そんな弟が愛らしくて、おじさんは思わず笑顔をうかべていた。


「魔法? では訓練場へいきましょうか」


 ぐったりとしているクリソベリルを抱えたまま、おじさんは立ち上がる。

 ふわりと揺れる青みがかった銀髪がキラキラと日にあたって輝く。


 そんな姉の姿を見て、弟は余計にもじもじとするのだった。


 カラセベド公爵家のタウンハウスには訓練場も併設されている。

 護衛騎士たちが訓練する場所が必要だからだ。

 もちろん騎士たちだけではなく、公爵家の家族や侍女たちだって利用している。


 おじさんは弟の手を引いて、訓練場まで歩く。

 あまりスキンシップができていないことを気にかけていた。

 最近では弟の勉強が本格化してきたので、時間の都合がつかないことも少なくない。

 そのため必然的に妹との接触が多くなってしまっていたのである。


「少し借りますわよ」


 訓練場につくと、手近なところにいた騎士に声をかける。

 かしこまって敬礼しようとした騎士をとめて、おじさんは弟に声をかけた。


「メルテジオ、どのくらい魔法ができるようになったか見せてくださる?」


 “はい”と弟が元気よく声をだして、的にむかって詠唱をはじめる。

 少しして小さな火の玉が的にむかって飛んでいき、炎が上がった。


 弟の年齢は十歳である。

 この年齢にしてはよくできている方だろう。

 おじさんとしてもケチをつける気はない。

 自身が特殊なことは十分に理解しているからだ。


「かなり上達しましたわね」


 弟の頭をなでるおじさんであった。

 まだやわらかくてサラサラとした弟の金髪の手触りがいい。

 “そうね”とおじさんはつぶやく。


「両手を前にだしてごらんなさい」


 弟は少しだけ困惑しながら、おずおずと手を前へとだす。

 おじさんはその小さな手をとって、自分の指を絡ませる。


「魔力を循環させますわね」


 魔力の操作はおじさんの得意分野だ。

 自身の能力を幼少期から存分に磨いてきた。

 そこで気づいたのは、魔法の肝となるのは魔力循環であることだ。


 魔力循環は基本中の基本である。

 これを疎かにしては上達しないのだ。

 もちろん弟だって、同じ年代では上位数パーセントに入るほどのデキである。


 ただおじさんの見たところ、弟はまだまだ実力を伸ばせそうなのだ。

 だから自身の魔力を媒介にして、弟の体内にある魔力に干渉した。


 “うっ”と小さく声をもらす弟の目を見る。


「少しだけ我慢して」


 おじさんは有無を言わさず、魔力を循環させていく。

 太くて高速で動く魔力の束が、体内を駆け巡っていくのだ。

 気持ち悪さを感じてしまうのも当然だと言えるだろう。


 それでも弟は歯を食いしばって耐えている。

 小さくとも男の子だ。

 弱音を見せたくないのである。


 一巡、二巡としていくたびに弟の身体にかかる負担は増していく。

 それでもおじさんは手を抜かなかった。

 この感覚を身につけて欲しいからである。

 そうすればもう一段、二段は上へといけるのだ。


「よくがんばったわね」


 魔力の循環をやめるのと同時に、弟が膝から崩れおちていく。

 弟の身体をしっかりと受けとめるおじさんであった。


「姉さま、今の……」


「理解できたでしょう? この感覚を忘れないようにするの。そうしたらメルテジオはもっと魔法が上手になるから」


 姉の身体に身を埋めながら、弟は“うん”と返事をするのであった。


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