第40話 おじさん使い魔に説得されて契約する



 その場にいた生徒、講師のすべてが眼前の光景に見入っていた。

 御伽噺の中にしかでてこない伝説のアイテムが目の前にあるのだ。

 驚きや興奮を覚えながらも、誰も声にださない。


 刻印召喚陣のある石造りの部屋は静寂に満ちていたのだ。

 そんな静寂を打ち破ったのはおじさんの一言だった。


「やり直しを要求しますわ!」


 おじさん以外の全員が思った。

 “いやいやいや”と。


 まるで止まっていた時間が動きだしたかのように聖女が叫んだ。


「ちょ、なに言ってんのよ! それって知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトじゃない! 大当たりなんだから!」


 大当たりというのもなんだか違う。

 そうは思っても、誰も口にはできなかった。


『そうだぞ! やり直しを要求するとはなにごとか!』


 荘厳な雰囲気を醸しだしていた知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトが一気に低俗になってしまった。

 それでもおじさんはぶれないのだ。


「やり直しを要求しますわ!」


『なぜだ!』


「だって、あなたもふもふじゃありませんもの」


『は?』


「わたくし、マルちゃんみたいな使い魔が欲しかったのです!」


『ま、マルちゃん……?』


「白天狼のマルちゃんですわ」


『いや……残念だがやり直しはできない。そういうものだからな』


「そこをなんとかお願いしますわ!」


 おじさんの勢いに知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトが押されている。


「ちょ、ちょっと待とうかー」


 そこで割って入ったのが男性講師である。

 気の抜けた会話にようやく意識が元に戻ってきたのだ。


「やり直しはできないんだぞー。生涯に一回きりだー」


「むぅ」


 おじさんが珍しく稚気を見せて、頬をふくらませる。

 その姿にアルベルタ嬢を初めとする女子組が、“はう”と声を詰まらせた。


 一生の絆を結ぶことになる使い魔である。

 それはおじさんにとって理想のもふもふを手に入れる絶好の機会に他ならない。

 だからこそ期待していたのだ。

 だけど、おじさんの願いは叶わなかったのである。

 

「契約するか、しないか。それを決めないと召喚陣の外に出られないぞー」


『うむ。あの男の言うことはまちがっていない。早く契約を』


「絶対にやり直しはできませんの?」


『無理だ』


「仕方ありませんわね」


『いや先に言っておくが、我の権能を使えば白天狼を喚ぶことはできるぞ』


「なん……だと?」


 おじさんの目がきらりと光った。


『使い魔としての契約はできん。しかし召喚魔法なら我の権能を使いこなせばどうとでもなる』


「例えば契約にいたらなかった方々にも使い魔の類いを用意してさしあげることも可能ですか?」


『不可能ではないな』


「それを先に言ってくださいまし。契約しますわよ!」


『釈然とせん部分はあるが……契約が成るのならそれでよかろう。では魔力をもらうぞ』


「お好きなだけどうぞ」


 おじさんが魔力を解放する。

 それは不可視なはずの魔力が可視化されるほどの密度であった。

 荒れ狂う大海のような膨大な力を感じさせる魔力。

 刻印召喚陣が起動したときに張られた結界がなければ、この場にいる全員が気を失っていただろう。

 

『これは……』


 ばつん、と音が鳴って本に巻きついていた鎖が弾けた。

 その鎖は蛇のように蠢き、シュルシュルとおじさんの腕に絡みつく。

 そして煙のように姿を消してしまった。


 その様子にあっけにとられたおじさんである。


『まさかこれほどとはな。主上が仰ったとおり、そなたこそ我が主にふさわしい。ここに契約は成った!』


 刻印召喚陣全体から光があふれた。

 その光が収まったとき、おじさんは正式に知性ある神遺物インテリジェンス・アーティファクトの主になっていたのである。


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