第35話 おじさん女王様モードに入る



 ツーサイドアップにまとめられた少し青みがかった銀色の髪には天使の輪が見える。

 意志の強さを感じさせるアクアブルーの瞳が王太子たちを射ぬく。

 この学園の制服は深みのある蒼をベースにして、白のリボンと金の刺繍が入った軍服調のワンピースである。

 前面には金ボタンの装飾もある本格的なものだ。


 おじさん的にはアニメっぽいなと思っていた。

 だが、今のキリッとしたおじさんの姿にとても似合っている。

 平たくいえば非常に格好いい。


 カンと石畳の床をヒールが踏みぬく甲高い音が響いた。


「退きますの? 退きませんの?」


 おじさんの真っ直ぐな視線が赤髪の小僧に刺さる。

 その圧に赤髪の小僧は完全に腰が引けていた。


「り、リー、そこまで……」


 王太子が割って入るも、おじさんはうやむやにさせる気はなかった。

 おじさんは怒っているのだ。


 王太子とその将来の側近という立場にありながらも短慮な者たちを。

 いくらこの学園が建前上、身分差はないとしていても現実には異なるのだ。

 自分たちはそれを笠にきているのに、他者には身分差などないもののように恫喝する。

 それはおじさん、ひいてはカラセベド公爵家をバカにしたものだ。


 前世において家族に恵まれなかったおじさんである。

 しかし今生の家族はちがうのだ。

 だからこそ人一倍、家族への愛情が深い。

 それをバカにするのが許せなかった。


 つまり、おじさんの地雷を踏んだのだ。


 そしてダブルスタンダードを堂々と貫く厚顔さ。

 前世ではさんざん迷惑をかけられてきたタイプである。

 そんなものが権力構造の上にいることは許されない。

 ならば、いつ修正するのか。

 今でしょ! というのがおじさんの心境だった。


 とは言え、まだ十四歳という年齢である。

 その年齢の少年であるのなら、自己が肥大化して増長することはよくある話だろう。

 俗にいう中二病というべきものだ。


 しかし、である。

 国の重鎮たる貴族の子息たちがそんなことでは困るのだ。

 だからおじさんは怒る。


「口をはさまないていただけますか、殿下。わたくし、そこの赤色と話をしているのです。場合によっては決闘も辞しませんわ」


「あ、赤色って……」


 緑色が絶句している。

 当事者の赤髪の小僧は顔を真っ青にして震えていた。


「退くのであれば謝罪を」


「ふ、ふふふふ不敬ででであるぞ!」


 仲間を守ろうとしたのだろう。

 だがその青色の声が震えているのは気のせいではなかった。

 おじさんが魔力の圧を増していたからだ。


 耐性の低い者なら、既に立っていられないほどの圧である。

 足をがくがくと震わせながらも、まだ立っていられるのは魔力が高い証拠だろう。

 ただそれもおじさんの前ではさほど意味をなさない。


 だっておじさんの魔力はホンの少し解放しただけなのだから。


 ふぅと大きく息を吐くおじさんである。


「決闘でよろしいのですわね? もう謝罪をしても許しませんわ!」


 カン、と再びヒールで床を踏む音がした。

 腰に提げた短杖に手をかけるおじさんである。

 魔法用の短杖ではあるのだが、これもれっきとしたおじさんお手製の魔道具だ。


 長さ八十センチほど。

 黒光りする木製の杖の表面には深い蒼色の幾何学模様が描かれている。


【解放変化・短鞭】


 おじさんがトリガーワードを呟くと、それは馬用の短鞭に似た形状に変わる。

 軽く振ると、ひゅと空気を切る音が響いた。


 なぜ短鞭なのか。

 それはおじさんのイメージである。

 令嬢が持つものといえば短鞭という偏った知識からもたらされたものだ。

 令嬢は乗馬が好き、乗馬といえば短鞭という図式である。


「安心してくださいな、決闘とは言いましたけど殺したりはしませんわ」


 にこり、といい笑顔でおじさんは微笑んだ。

 しかし目がまったく笑っていない。

 軍服調の制服を着た美少女がするとものすごくは迫力があった。


「ですが……わたくし残酷ですわよ」


「ひぃぃぃ」


 それは誰が漏らした声だったか。

 王太子か、それとも取り巻きの誰かか。


「ッアアアアアアアアア!」


 サロンの中に男たちの悲鳴が響いた。

 その声はやがて、“ありがとうございます”に変わっていたのである。


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