第34話 おじさんイライラが限界突破する



 午前の講義が終わり、いつものようにおじさんは学友である女子組と食事をとっていた。

 食事の間も王太子の言葉が気にはなっていたが表情にはださない。

 

 正直なところ、おじさんは嫌な予感しかしていないのだ。

 まさか王太子があそこまでおバカだったとは思っていなかった。

 帝王教育なるものをうけているんじゃないのか。

 素直に疑問に思うおじさんであった。


 王太子のあの宣言のあと、教室の中でおじさんは質問攻めにあっていたのだ。

 御令嬢とはいえ、皆がお年頃の女の子たちであるのだ。

 あんな意味深長な言葉を告げられれば、それはもう気になるというものだろう。


 さりとておじさんは正直に言うわけにはいかない。

 幸いアルベルタ嬢が取りなしてくれたので、質問の波はひいた。

 

 しかしである。

 同じ場所に居た王太子は、おじさんのことを見向きもしなかったのだ。

 役に立たない婚約者である。

 

 食事を終えたおじさんは、女子組とは別れて食堂棟上階にあるサロンへと足を向ける。

 サロンの中に入った瞬間であった。


 おじさんは思わず自分の目を疑ってしまった。

 望んだわけではないが、さすがに王太子と二人きりだと思っていたのだ。

 王妃のことを話すのなら、取り巻きたちを外してくるだろう、と。


 おじさんには供を連れてくるのは禁止にしたのだ。

 そのくらいは理解していると思っていたのである。


 それが悪い意味で想像を裏切られてしまった。

 なんのために国王と宰相が秘密裏に動いていると思っているのか。

 おじさんの頬がピクピクと引き攣る。


 赤・青・緑・紫・茶色の髪色をした五人組が目に入った。

 これらも高位貴族の子息のはずなのだ。

 なぜ自分たちから遠慮すると言わないのだろうか、とおじさんは思う。


「失礼いたしますわ、殿下」


「リー、よくきてくれた」


 王太子が話を切り出そうとしたところで、おじさんが先に口を開く。


「殿下、内密の話であるとお聞きしております。人払いを」


 おじさんの言葉に王太子があからさまに顔をしかめる。


「リー。この者たちは私の側近だ。彼らに隠し事は不要だ」


 はぁとこれ見よがしにおじさんは息を吐く。


「申し訳ありませんが、人払いをお願いいたします」


「リー!」


 声を荒らげる王太子と、その後ろで不愉快さを隠さない取り巻きたち。


「殿下、これから王妃陛下のことをお話になりたいのではありませんか? ですがむやみに他人に広げていいものではありませんわ」


「なぜだ?」


 一瞬だが王太子の目が泳いだ。

 それをおじさんは見逃さない。


「もしかして既にお話になっているのですか?」


「言ったはずだ。彼らに隠しごとはしないと」


 “なるほど”とおじさんは頷いた。

 ついでに王太子の後ろで頷いている五人組がいる。


「わたくしがはかなくなっても問題ないと、そういうことでよろしいですわね?」


「はぁ? なにを言っているのだ、リー! 私は母上を治療してくれた礼をだな……」


 王太子の言葉を遮っておじさんが切りこむ。


「そのお話が外に漏れたときのことをお考えになったのですか?」


 “な、なにを”とあわてふためく声が聞こえる。


「王妃陛下に毒を盛った不埒者は未だ正体が不明ですの。その者たちが次に事をなそうとしたとき、最大の障害になるのは誰ですか?」


 沈黙をもって対応する王太子。

 取り巻きたちはぎょっとして目をみひらいている。


「なぜ国王陛下と宰相閣下が秘密裏に対応なされていると思うのです?」


 さらにおじさんは畳みかける。


「王城の警備とはそんなにゆるいものなのですか? 内から手引きした者がいるとは考えませんの?」


「ふ、不敬だぞ!」


 赤髪の小僧が王太子をかばうように前にでる。


「下がりなさい! 誰に口をきいているのです! このリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワを軽く見ないでくださいまし!」


 おじさんの一喝に赤髪の小僧が“うひぃ”と声をあげた。

 ついイライラとしたおじさんは、怒気に少しだけ魔力をのせたのだ。

 それが目に見えない覇気となって、サロンの中を満たす。


 王太子たちの目には女王ともいうべきおじさんの姿が映っていた。

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