第32話 おじさん陰謀に巻きこまれる



 王妃の言葉にカラセベド公爵家で最も格の高い応接室に緊張が走った。

 遠大なる死毒グランド・フィーバーは邪神による呪毒である。

 生半なことでは手に入らないものだ。


 それが使われたのである。

 かんたんにすませることはできないのだ。

 ここ数日で国王と宰相は極秘に裏を探っていた。

 国内の貴族、あるいは王族が関わっているかもしれないと危惧を抱きながら。


 そして判明したことがある、と王妃は告げたのだ。

 王妃の言葉によると、どうにも国内に不穏な一団が潜伏していたらしい。

 その一団は邪神を信奉していたとのこと。

 

 実行犯と目されていた侍女はどうやら家族を人質にとられていたようである。

 そもそも王城で働くというのは貴族の特権でもあるのだ。

 騎士団であれば平民からも募集されるが、原則として侍女や執事というのは下級貴族の子弟から人気の就職先でもある。

 特に家を継げない立場からするとありがたいのだ。

 

 件の侍女の家族もまた調査が入ったときには行方不明の上、後日には死体で見つかっている。

 現在も犯人を鋭意捜索中であるとのことであった。

 とは言え、下級貴族とはいえ一家を拉致し、惨殺するというのは相当な組織力があると推測できるのだ。


 そこまで話し終わった王妃に対して、母親が問いかける。


「目的がよくわからないわ、お姉様。なぜ国王陛下ではなく、お姉様だったのかしら?」


「そうなのよねぇ。陛下を弑することだってできたと思うのだけど」


「ただの示威行為ってわけでもなさそうだし」


 姉妹の会話におじさんが口を挟んだ。


「その怪しげな一団の後ろにまた別の誰かがいるということですの?」


「宰相も陛下もその可能性が高いとみているのだけど……」


 王妃が柳眉をしかめる。


「いずれにしても後手に回ってしまっているのね。消極的な方法しかとれないのが嫌ね」


 母親の言う消極的な方法とは、王城に勤める者の身辺調査などのことだ。

 ただ毒を盛られるのを防ぐ。

 そんな対症療法的なことしかできないのでは意味がない。

 どこかで根本的な解決をする必要があるのだが、現状としては手がかりがないのである。


「まだ数日しか経っていないのですから、仕方がないとも言えますわ」


「そうね、リーちゃんの言うとおりね」


 と母親が肯定すると、王妃が“あせらないこと、ね”と確認するように呟いた。


「ところでリーちゃん、陛下からことづかっているのだけど、事が事だけに大々的に褒賞を与えられないのを許してほしいって」


「それも仕方ないわね」


 母親が同意を示す。

 おじさんの名前をだして褒賞をだすということは、すなわち王妃の問題を解決したのを公表することでもある。

 それがリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワとわかるとどうなるか。

 高い確率でおじさんが狙われることになるのだ。

 だからそれはできないという話である。


 おじさんは既に陰謀に巻きこまれているんじゃないかと思っている。

 ただ現時点では積極的に動くつもりはなかった。

 なぜならおじさん以外にもできることだからである。

 

 おじさんにしかできないことなら頼まれずとも動く。

 だが他の人でもできるのなら、そちらに任せた方がいいのだ。

 何でもかんでも手をだしてしまうのはよくない。


 任せるべきところは任せる。

 それがおじさんが前世学んできたことだ。

 要らぬ苦労を背負うことはないし、周囲から恨みを買うこともない。

 それは処世術のひとつとも言えるだろう。


 おじさんはお茶を含みつつも、内心では重い息を吐いていた。

 どうにも面倒なことになりそうだという予感があったからである。

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