第26話 おじさん仕事を終えて眠れる美少女になる



「筆頭殿、ウーダの葉をお願いしますわ。その量ですと半分くらい、乳鉢へ入れてくださいまし」


 筆頭薬師は言われたとおりに行動した。

 その目は既に少女だからと侮ってはいない。

 おじさんが使ったムダのない錬成魔法を見て、その腕前を認めたのだ。


「はい、そのくらいで大丈夫ですわ。ここで再度、錬成魔法を使います」


【錬成】


「次にゾルマの果実から果肉を取りだしていただけますか?」


 ゾルマの果実はおじさんの頭と同じくらいの大きさがある。

 しかもかたい外皮におおわれているのだ。

 おじさん的には椰子の実のイメージである。

 

 この外皮を上手にはがすと、中からライチのような半透明の果肉がとれるのだ。

 見た目はとても美味しそうなのだが、実は食用には向かない。

 毒ではないのだが、とてつもなく酸っぱくて渋いのである。


「粗熱がとれたみたいですわね」


 それぞれのビーカーの液体を漉す。


「ここに先ほど錬成した素材を入れて、よくかきまぜてくださいな。そして錬成魔法ですわ」


【錬成】


 青と薄い緑だった液体が透明に変わった。


「取りだした果肉はどうする?」


 筆頭薬師はきれいに外皮を取り除いていた。

 楕円形でぷるぷると震える果肉を見て、おじさんが言う。


「縦に半分に切ってほしいんですの。種をとったところに、この液体を入れますわ」


 筆頭薬師の見事な手際のよさに、おじさんもニッコリである。

 二つになった果肉の中心部分がぽっかりとへこんでいた。

 そこへ先ほどの液体をそれぞれに注いでいく。


【錬成】


 おじさんの魔法によって果肉と液体が錬成された。

 赤と青のスライム状のなにか。


「これで最後なのですが、ここからはより精度の高い魔力操作が求められますから注意ですわ」


 ここまでの工程は熟練の魔法薬師ならさほど難しくはない。

 しかしここから先の難易度が跳ね上がるのだ。

 幅が三十センチほどある板の上を歩いていたのを、足の幅より細い板の上を全速力で走るような違いがある。


【錬成】


 それは筆頭薬師の目から見れば神業であった。

 精緻でありながらも大胆で、繊細かつ強靱な錬成魔法。

 己が未だに到達していない領域である。

 そのことを悔しいと思う間もなく、筆頭薬師はただ美しいと思っていた。


 赤と青のスライム状のなにかが特級治癒薬へと生まれ変わる。

 それが新しいビーカーに入った。


 “ふぅ”とおじさんが息を吐く。

 細かい制御が必要とされる作業に神経を使い、息が荒れていたのだ。

 ふだんは行使しない大規模な魔法に加えて、繊細な作業が疲労を誘発する。


「終わりましたわ。これで特級治癒薬の完成ですの!」


 そんな状態であっても、おじさんはすがすがしい笑顔で宣言した。


「伯父様、特級治癒薬の使い方はご存じですよね?」


 “う、うむ”と戸惑いながらも国王が首肯した。


「筆頭殿もご存じのようですから、王妃様が目を覚まされたら体調を見つつ使ってくださいまし」


 ふらりとおじさんの身体が揺れた。

 その肩を祖母が支える。


「まったく、この子は無茶をして。アンディ、今日はもう帰るよ。あとはリーの言ったとおりにするんだよ」


「叔母上、リーは大丈夫なのか?」


「ちょっと疲れただけさ。ほら」


 祖母の肩にのったおじさんの寝顔は、とても満足したような表情だった。


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