第27話 おじさん猛烈にお腹がすいて目覚める
「んにゅう」
と声が聞こえておじさんは目を覚ました。
声の主は妹である。
見れば妹の隣に弟までいるではないか。
なんだこの状況はと思いつつ、弟妹を起こさないようにベッドを拔けだした。
窓の外の暗さから、随分と寝ていたようだと考える。
さて、と。
なにをしようかと思ったところで、強烈な尿意を感じたおじさんは小走りでトイレをすませる。ご令嬢たるもの粗相はできないのだ。
すっきりとしたところで、次はお腹の虫が大きな声をあげる。
なにか食べたい。
そう思ったおじさんは、いそいそと部屋を出て厨房へとむかった。
外の暗さから深夜の時間帯であろう。
今生では初めてとなる夜食だ。
ちょっとウキウキとしながら、おじさんは厨房へと入る。
「あれ? リー様?」
なんと、まだ暗いこの時間から厨房で働く者たちはいたのだ。
冷静に考えると、それもそうかとおじさんは思った。
仕込みに時間がかかるパン職人の朝が早いのは前世でも有名だったのを思いだしたのである。
「あの……」
おじさんも乙女である。
さすがに女性の使用人とはいえ、面と向かってお腹が空いたとは切りだしにくかったのだ。
「よかった。ご回復なされたんですね。ご家族だけじゃなくて、あたしらも心配してたんですよ」
へへへと笑う彼女はおじさんよりも、少し年上のようだった。
暗めの赤髪をおさげにした、そばかすがチャームポイントの女子である。
よく動く表情が愛嬌のよさを物語っていた。
「ありがとう。ところで……」
「軽くつまめるもの、ですよね? でもまだ仕込みの最中なんで、どうしましょうか」
「残りもので充分ですわ」
「そんな! リー様に残りものだなんて」
と言われてもおじさんは困ってしまう。
空腹なのだ。
「では、厨房にある食材を教えていただけますか?」
「えと……アタシが自由に使っていいって言われてるのは……」
トマトにタマゴ、チーズと次々と食材の名前があがっていく。それらを聞いて、おじさんはピコンと閃いた。
タコスを作ろうと。
いやチーズもあるのだから、ピザにしてもいいか。
前世ではよく作っていたのだ。
デリバリーのピザは高いので、スーパーで売っているトルティーヤの生地を使ったピザ。
生地が薄くて、パリパリして美味しいのだ。
とうもろこしの粉と水と塩があれば、無発酵のトルティーヤができる。
発酵させないので作るのにも時間が短くてすむ。
そうと決まれば、時間が惜しい。
【錬成】
おじさんはとうもろこしに錬成魔法を使って粉末を作る。
本来はニシュタマリゼーションというアルカリ処理を施すことで、アミノ酸などを摂取しやすくするのだけど、そこはおじさんの魔法である。
問答無用の解決方法だ。
「この粉に水と塩をまぜて生地にしますわ」
「うへえ。リー様ってば料理もできちゃうんですね!」
「そんなこともありますわ!」
他愛もない会話をしながら、サクッとトルティーヤを作ってしまうおじさんであった。
薄く伸ばした生地の上に、いくつかの種類のチーズをたっぷりとのせる。
それをおじさんの魔法で焼きあげて、いい感じのところでハチミツをかけていく。
黄金色に輝くクアトロフォルマッジの完成である。
使用人にお茶を淹れてもらって、一緒に食べることにした。
「むほほほ! リー様、これ美味しいです!」
おじさんも美味しいと思う。
チーズの塩気とハチミツの甘さがあとを引いて、つい手がのびてしまう。
薄い生地のパリッとした食感も楽しい。
厨房で働く使用人たちが集まってくるまで、二人はピザパーティーを開いていた。
その日、女性使用人はパンの仕込みを忘れたことでしこたま怒られることになった。
だがそこに後悔するような感情は微塵もなかったのだ。
おじさんの作ったトルティーヤ生地のピザが公爵家のメニューに追加されたのは、またべつのお話である。
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