第12話 おじさん野営訓練で聖女をわからせる
現在でこそ聖女は侯爵家の養子となっているが、その出自は農村である。
また学園に入学する前、聖女は従軍していた経験も持っているのだ。
むろん一兵卒のような従軍生活をしていたわけではない。
それでも学生のお遊びとはまったく違う本物を体験できた。
つまり聖女にとって野営訓練は“懐かしいわね”ていどの認識でしかなかったのだ。
事実。
王太子やその取り巻きが苦労する中、聖女は余裕綽々であった。
木の陰でお花を摘むのも手慣れたものである。
そんな聖女はミグノ小湖までの道のりでも、歩きながらしっかりと食べられるものを集めていた。
小湖についてからも魔法を使って魚をとる。
“こいつら役に立たないわね”と王太子たちを内心でけなすことも忘れない。
でも表情には笑顔を貼りつけていた。
それもこれも王太子を自分に惚れさせるためである。
未来の王妃、そして聖女。
完璧な未来予想図を聖女は描いていたのだ。
そして夕暮れどきになる。
聖女は率先して野外料理を作っていく。
王太子や取り巻きは、もはや見ているだけの置物と化していた。
そんな聖女たちのもとに高級料理店もかくやという香りが漂ってくる。
もちろんその元凶はおじさんであった。
芳醇でかぐわしいバターと、香草が焼ける香ばしい匂いは暴力的でさえある。
そこになんだか甘い香りまで漂ってくるではないか。
「ちょ、なによ、あれ」
少し離れた場所にあるおじさんたちの拠点が目に入る。
それは聖女の目にはリゾート地にあるペンションのようにしか見えなかった。
「あれはリー……。聖女よ、私は少し用を思いだした」
などと言いつつ、王太子が腰をあげた。
それに続いて取り巻きたちも立ち上がる。
「あっちにいったらご飯あげないわよ」
聖女の言葉に顔が引きつる王太子たちであった。
しかし聖女とてあの匂いは気になるのだ。
「ちょっと私が様子を見てくるわ」
いくらか逡巡はした。
だが聖女は好奇心に負けてしまったのだ。
捨てられた犬のような目で王太子たちが聖女を見る。
「食事はできてるから食べていればいいでしょ? すぐに戻ってくるわ」
聖女が作っていたのは野営料理である。
鍋の中に野草と塩漬け肉を入れて煮込んだものだ。
今回は聖女が捕獲した小ぶりの湖魚も入っている。
塩漬け肉からでる塩味のみの味つけで、正直に言えば見た目もよくない。
ただ野営料理としては十分な部類だろう。
下手をすれば塩漬け肉をかじり、固く焼かれたパンをかじるだけなのだから。
聖女が王太子たちを残して、おじさんたちの拠点へと足を進めていく。
近づくば近づくほどに匂いが強くなるのだ。
その匂いを嗅いで、聖女の腹が盛大な音を立てた。
そして聖女は見てしまった。
おじさんたちの拠点で行われていたお茶会もかくやという宴を。
キャンプファイヤーのような大きなかがり火を中心に令嬢たちが談笑している。
料理のメインにはニジマスのムニエルだ。
保存の難しい葉物野菜のサラダに、ふかふかのパンまであった。
令嬢たちは笑顔で料理を食べ、果実水を飲むのだ。
さらに極めつきは、おじさんが作っていたチョコレートフォンデュである。
これが甘い匂いの正体だったのだ。
そこに野営訓練の悲壮さなど一片たりともなかった。
おじさんたちの食卓を見た聖女は、思わず膝から崩れ落ちてしまったのである。
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