第4話 おじさん婚約者と会う



「お嬢様、到着いたしました」


 護衛の騎士から声がかかった。

 少しして扉が開けられる。

 イケメン騎士が顔を赤くさせながら、手を差しのばしてきた。


「僭越ながらお手を」


 “ありがとう”と笑みをうかべてみせる。

 おじさん、性的な嗜好はノーマルでもこういうところはきちんとしているのだ。

 令嬢(極)というよりも、しみついた前世のサガである。


 馬車を降りると周囲がざわついていた。

 これまでほぼ表に出てくることがなかったカラセベド公爵家の御令嬢である。

 美しいという話は流れていたが、実際に目にした人が少なすぎた。


 そのためカラセベド公爵家の馬車が学園で停まるのを見て、すでに人だかりができていたのだ。

 護衛の騎士はたったの五人しかいない。

 守りきれるのか、と不安に思っていたそのときである。


 おじさんが姿を見せた。

 周囲の人だかりがまるで消えたかのように音が消えたのだ。

 呼吸をすることすら忘れるほどの神がかった美少女。


 おじさんが一歩、足を進める。

 人だかりが割れた。

 王者の行進をとめるものがいないのと同じように。

 おじさんの歩みをとめるものはいなかった。


 護衛の騎士たちも、その姿に見惚れてしまう。

 だが数瞬の間に気を持ち直して、我らがお嬢様の護衛についた。

 誇らしい……胸に高揚感を抱きながら、騎士たちはお嬢様に続く。


 無人の野を行くがごとくおじさんは歩いた。

 いつもより少しだけ、キリッとした表情を作って。

 ついでに言うと、魔力を薄く発散させることで威圧していたのだ。


 だっておじさんは小市民だから。

 人に集まられると怖いのだ。


「待て!」


 そんなおじさんに声をかける勇気あるものがいた。

 見れば金髪に碧眼の美青年である。

 身長も高く、煌びやかな王子様という形容がピタリと当てはまった。


 おじさんは歩みをとめて問う。


「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」


「キース=エーリオ・ヘリアンツス・リーセである」


 王太子様であった。

 おじさんの婚約者である。


「これはお初にお目にかかります、王太子殿下。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワと申します」


 本来ならば膝を深く折ったカーテシーをする場面だろう。

 しかし学園の入り口といった目立つ場所に加えて屋外でもある。

 そこでおじさんは軽く膝を折って礼をした。


「そなたが私の婚約者であることを誇りに思う」


「ありがとうございます」


 そこで会話が途切れてしまった。

 おじさんは彼が何を言いたいのか、はかりかねていたのだ。

 そんなことをこの場で言われてもである。


 これがやり手の御令嬢なら、“そんな王太子殿下こそ素敵ですわ……ぽっ”などと返したはずだ。

 そして王太子が望んでいたのも、その反応だったのである。

 しかしおじさんにはそんな気持ちは一切ない。

 素敵? それって美味しいの? 状態だ。


 おじさんが頭に疑問をうかべている間。

 王太子殿下は顔を少しだけ引き攣らせていた。

 気まずい沈黙が流れ始めたときだった。


「殿下、そろそろ式典の準備をなさる時間にございます」


 メガネをかけた緑髪のイケメン男子が声をかけた。

 スクエア型の金属フレーム。

 そんなお洒落メガネがあるんだ、とおじさんは思う。


「う、うむ。とにかくそういうことだ。今後は顔を合わせることも多くなろう。では、またな」


 そう言い残して王太子は踵を返す。

 おじさんはその背中を見ながら、彼が何を言いたかったのか考えていた。


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